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第66話 噛みついてこい

 会わせたくないと思う自分と、天原を喜ばせたい自分が、頭の中で綱を引き合う。  きっと、喜ぶ。  天原は、明琉の人生を狂わせてしまったのは自分だからと、再会を躊躇した。  どんな顔で会いに行けというのだと、バツが悪そうに視線を逸らした天原に、胸の底がじりっと妬ける。  本心は、会いたくて会いたくて堪らないクセに、天原は行動に移せなかった。  それならば、こっちから向かわせればいいのだと、いい人ぶりたいオレが明琉の背を押す。  天原に会うために部屋を飛び出すかと思ったが、明琉は腰を上げず、逆にオレの手を引いた。  予想外の行動に、オレは転びそうになりながら、ベッドの端に尻をつく。  くくっと何かを企むように笑った明琉は、オレの肩を抱き、内緒話でもするように顔を寄せてきた。 「お前、天原のコト好きだろ?」  揶揄うようにオレの脇腹を突っつきながら、にやにやと問うてくる明琉に、オレは眉根を寄せる。 「最近の小鳥シリーズ見てて思ったんだよね。相手でもカメラでもないとこ見てる時さ、なんかすげぇ艶っぽい顔すんじゃん? あれ、天原のコト見てんでしょ?」  にたりと笑った明琉は、少しだけ唇を尖らせる。 「羽雨ちゃんとらぶらぶだなんて、羨ましいコト、この上ないわ」  明琉の推測を、否定はしない。  でも、オレと天原は、明琉が思っているような間柄でもない。 「仕事のパートナーとしての信頼はあるけど、恋人じゃねぇよ」  天原の心の中には明琉がいて、オレの告白など響いてはいない。  相手になど、されていない。 「…天原に愛されてんのは、お前だろ」  オレの言葉に、ぽかんとした顔を曝した明琉は、次の瞬間、ははっと乾いた笑いを放った。 「オレたちは、ずっと昔に終わってる……、てか始まってもないよ」  始まってもいない…?  そんなはず、ないだろ。  困ったような笑顔を見せる明琉。  あれほどまでに天原の心に影を落としているクセに、関係ないと宣う姿は、オレの心にむしゃくしゃとした気持ち悪さを生む。 「未練たらしく刺青(すみ)入れっぱなしでよく言うね?」  明琉の脇腹にある白いユリを睨むように視線を落とした。 「ま、オレも入れたんだけどね」  天原に入れられた訳じゃなく、あまつさえ叱られたなんて明琉には教えたくなかった。  天原の気持ちが、オレに向いていないコトくらいわかっている。  それでも、明琉の嫉妬心を煽るくらいの効果はあるだろう。  天原に必要なのは、きっとオレじゃなくて。  立てていない同じ土俵に、形振(なりふ)り構わずしがみつき、少しでも明琉の気持ちを煽れれば、オレの勝ち。  刺青は、自分だけの特別だと思っているのなら、“天原はオレのもんだ”と嫉妬心を剥き出しに噛みついてくればいい。  そうすればオレは、黙って天原をお前に託せる……。

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