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第72話 ずっとずっと知っていた
比留間がマルを連れ、モニタールームを後にした。
ペケは飽きずにオレに抱きついたままだ。
どうにも動きづらいオレは、くっついたままのペケの頭をくしゃりと混ぜる。
腰に回ったままのペケの手を外し、モニター前の椅子に腰を下ろす。
剥がされてしまった手を暫し見詰めたペケは、そわそわと瞳を彷徨わせた。
どこかが触れていないと落ち着かないのかもしれない。
だからといって、ずっと抱き着かせておくわけにもいかない。
「おいで」
ぽんぽんっと腿を叩くオレに、ペケはふんわりとした笑みを浮かべ膝に横向きに座った。
見た目の通り、酷く軽い。
視線をモニターに固定し、声をペケへと向ける。
「話、できる?」
出会ってから発したのは、ほぼ単語だけ。
多くを仕草で伝えてくるペケに、もしかしたら上手く会話が出来ないのかと、問いかけた。
「できるよ。頭は良くないけど」
すりすりとオレの胸に頭を擦りつけながら、声を返してきた。
「オレは明琉、23歳。ペケは? いくつ?」
オレは膝の上からペケが落ちてしまわないように、腰に腕を回し支える。
「17。マルも一緒だよ」
仕草も話し方も、17歳にしては幼すぎる。
碌な環境にいなかったせいだろうと感じた。
オレだって、中卒で利口とは言い難いが、比じゃないほどにペケは幼い。
「今まで、どんな生活だったの?」
すりすりと蠢いていたペケの動きが、ぴたりと止まった。
「思い出したくなかったら、言わなくていいよ。何がダメで、何が良いのか、知っておきたいだけだから」
安心させるように、柔らかくペケの頭を撫でた。
少しだけ悩むような沈黙を挟んだあと、ペケは徐に口を開く。
「なんにもない部屋で、窓も開かなくて、寝るときも床で丸まってた。2人でぎゅって抱き合ってたから、マルが居れば寒くなくて、寂しくなかった」
ペケはオレの胸に顔を埋めたままに、ぽつぽつと話し始めた。
「マルが勝った日は、ちゃんとごはんが食べれて、部屋に戻ってくるのも早かった。でも、負けちゃったときは戻ってこなかったり、ぼくだけ別の部屋に連れていかれるコトもあって……」
その時のコトを思い出したのか、ペケの言葉が止まる。
少しの沈黙のあと、覚悟を決めたかのように、再び声が続いた。
「叩かれたり、蹴られたり…、抱かれたり。でも、大人しくしていれば、ベッドで眠れたから……」
オレの背に回っていたペケの手に力が入った。
「ぼくのために、マルが辛い思いをしているのも知ってた。でも、ぼくは何も出来なくて。マルのように強ければ、良かったんだろうけど。ぼくにはなんの取り柄もなくて……」
くしゃりと握られたシャツは、ペケの悔しさを物語る。
オレの胸の上で頭を振るったペケは、悔しさの滲む音で話を続ける。
「ぼくが居なくなれば良いのかとも思ったけど。そうなったら、マルは独りぼっちになっちゃうから。寒くて、寂しくなっちゃうから。抱き締めるぼくの身体がなくなったら、マルが困るから……」
言い訳と解っていながらも、そう思うしかない。
そう考えなければ、自分が生きていくコトを正当化できない。
「ずっとずっとお荷物だって、ずっとずっと足枷だって、知っていたんだ」
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