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第75話 前には進めない
ほんのりと伝わってくるペケの温もりが、オレの心をふわりと温める。
「可愛いとは思うよ。好きんなれるかも……、とも思ってる」
むず痒い感覚に、顔がニヤけた。
見やっていたパッケージの監督の欄には、また天原の名が記されていた。
「天原、撮ったんだ。ってことは、また艶っぽい羽雨ちゃん満載だ」
むふっと笑い視線を向けるオレに、羽雨は嫌そうに瞳を細めた。
「だから、天原が好きなのはお前でオレじゃねぇって何回言えばわかるんだよ?」
天原は未だにオレを好きなのだと、意見を曲げない羽雨。
「そうかなぁ?」
逆にオレは、天原が想っているのは、羽雨だと確信している。
生活を共にし、郭遥への挨拶の時だって、わざわざ羽雨を連れてきた。
それにこの映像が、何よりの証拠だ。
好きだからこそ、羽雨の魅力を余すところなく映している。
堪らない色気が、見るものを惹きつけ煽る。
羽雨の視線を独り占めしたくなるのは、それが天原の感情そのものだからだ。
「天原のコト、どうすんの?」
寂しそうに眉尻を下げた羽雨の瞳が、オレを責める。
「始まってもないのに、どうもこうもなくね?」
本人の居ないところで、天原の気持ちを探り合ったって、正解になんて辿り着けない。
今言えるのは、オレの正直な気持ちくらいだ。
「天原のコトは、嫌いじゃねぇよ。好きっちゃ好きなんだけど……それは人間として好きってだけで、色恋じゃねぇの」
そうだ。
オレが天原に対して持っている好意に、もう“愛”はない。
なのに。
告白もせずに終わった恋は、オレの胸の奥で燻り続けている。
固まってしまったその感情は、胸の中でゴロゴロと存在感を主張していた。
蟠 りのように、胸に引っ掛かっている想い。
たぶん、天原が持っている想いもオレと同じものだ。
ずるずると引き摺り、断ち切れない中途半端な感情は、前へ進もうとする足を掴み、元の場所へと引き戻す。
愛おしいという思いは風化して消えたのに、罪悪感だけがそこに残った。
その罪悪感は愛と似ていて、上手く未練が断ち切れない。
何とかして欲しいと言われたところで、澱 のように溜まっている感情を洗い流す術など、オレは知らない。
それに、超能力者でもないオレが、天原の記憶を消し去るコトなど、出来やしない。
でも。
このままじゃ、オレも天原も前になんて進めない……。
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