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第78話 巻き戻る時間 < Side 天原
「お帰り」
聞こえた声に、俺の身体が固まった。
響くはずのない声が、俺の耳へと届いたからだ。
リビングへと続く敷居の上で、宙に浮いたまま止まる足。
ソファーに座っているその人物は、ぐっと首を仰け反らせ俺を見上げてくる。
「……めい、る」
絞り出した声に、時間が巻き戻る。
一緒に暮らしていたあの頃に、心が引き戻されていた。
目の前の明琉は、5年の歳月で、少しばかり大人びた顔つきに変わっていた。
でも、声の感触も、纏う雰囲気も、あの頃の明琉のままだった。
「こんなにかかると思わなかったよ」
苦々しく笑った明琉は、ソファーの背に預けていた頭を起こし、座れというように座面を叩く。
投げられた視線に、思わず周りを見回していた。
まるで、タイムスリップだ。
驚きに開いた瞳孔が、なかなか元に戻らなかった。
でも。
間違いなく、ここは羽雨の家だ。
広い部屋も、揃えられている家具も、あの頃の俺の稼ぎでは手に入れられる物じゃない。
なかなか近寄ってこない俺に痺れを切らしたように、明琉が口火を切った。
「聞きたいコト、あってさ」
なんとか動かした足でリビングへと踏み入り、ソファーに座る。
じっと見詰めてくる明琉の瞳に、胸が騒ぎ、落ち着きが取り戻せない。
バクバクとなる心臓の鼓動が、やけに耳につく。
「天原が好きなのって、誰?」
真っ直ぐに向かってくる質問に、処理が追いつかない頭で出来たのは、瞳を瞬 くのが精一杯だった。
数回の瞬きを経て、緩やかに驚きが消化されていく。
「オレの読みだと羽雨ちゃんなんだけど、羽雨ちゃんはオレだって言うんだよね」
自分を指差した明琉は、心底不思議そうに首を傾げた。
気持ちを落ち着けるのに忙しい俺を置き去りに、明琉は話を進める。
「もうオレは、天原の宝物じゃなくね? 何年前の話してんだよって感じでしょ?」
くくっと笑った明琉は、ふっと息を吐き、言葉を足す。
「天原からオレに向かう感情なんて、郭遥に押しつけちゃったっていう申し訳なさからくる執着くらいなもんでしょ。てか、オレになんて会いたくなかったよね」
翳る瞳を俯かせた明琉の声は、寂しさに塗れていた。
「なんで、お前がここ居るんだよ?」
やっと頭が追いつき、紡いだオレの言葉に、明琉は呆れ細めた瞳を向ける。
「だから、聞きたいコトあるって言ったじゃん。…答え、もらいに来たんだよ」
明琉の顔が、強がるように硬い笑みを浮かべた。
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