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第79話 5年も経てば

「あの日さ、帰ってきたら告白しようと思ってたんだ。天原のコトが好きだって」  はにかみの笑みを浮かべた明琉は、あの時と何も変わっていないように見えた。 「傷つきたくなくて、逃げてたんだよね。逃げてるうちに、本当が届かなくなっちゃって……お陰で、ずっとこの辺でモヤモヤしてんだよ」  むすっと歪ませたその顔は、拗ねた時に見せていた表情そのもので。  可愛くて、エロくて、堪らなく愛しくて。  明琉の些細な仕草に、振り回されていたあの頃を、彷彿とさせた。 「伝えられなかった気持ちって厄介だよね。なんかさ、すんげぇ美化されてんの。オレの中の天原って、もっとカッコ良かったんだけど……老けた?」  眉間に皺を寄せ、問うてくる明琉。  その顔には揶揄いの色が浮かぶ。  空気を軽くしようと冗談めかした声で話す明琉に、詰まっていた息を肺から押し出した。 「そりゃ、5年も経てば老けるだろ」  呆れ混じりの声で放つ言葉に、明琉は楽しそうに、ははっと声を立てて笑った。 「冗談だよ。……でも、ごめん」  急に紡がれた謝罪の言葉に、俺は眉根を寄せる。 「オレのせいで、セックス、できなくなったんでしょ?」  困り顔を見せた明琉は、居心地が悪そうに視線を床へと逃がした。  羽雨にでも聞いたのか……。  知っていても、おかしくはない。  確かに、機能しなくなったのは、あの事件がきっかけだ。  でも、それは明琉のせいじゃない。  大事なものが穢され壊される恐怖に、俺の心が堪えられずに潰れただけだ。 「……謝らなきゃいけねぇのは、俺だろ」 「なんで?」  捨てるように吐いた言葉に、明琉の疑問符が重なった。  次の瞬間、何かが引っ掛かったかのように、明琉の顔に嫌悪の色が浮かぶ。 「オレを人違いで襲っちゃったコト、未だに反省してんの?」  引き摺りすぎだろうと、今さら何を言っているのだというように、辟易した声が飛んでくる。 「オレのコト、散々養ったんだからあんなのチャラでしょ」  馬鹿げているとあしらう明琉に、俺は重い口を開く。 「それだけじゃねぇんだよ。そもそもはそこかもしれねぇけど、問題はその後だろ」  取るに足らないコトだと俺を()なす明琉に、たらればの未来が口を衝く。 「俺がこっちに引きずり込まなきゃ、お前は表の世界で普通に生きていけた。こんな薄暗い世界、…知らねぇ方が良かったんだよ」  口惜しく、後悔だらけの言葉を吐いた。

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