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第80話 俺以外の何者でもない

 俺が、人違いなどしなければ。  俺が、引き留めたりしなければ。  俺が、口説いたりしなければ。  俺が、好きになどならなければ……。  きっと明琉は、もっと明るい世界で楽しく暮らしていただろう。  明琉の転落人生の始まりは、俺以外の何者でもない。 「そう?」  きょとんと首を傾げた明琉は、言葉を繋ぐ。 「オレはこの暮らし、好きだけどね。天原との生活は楽しかったし、今は今で満足してるよ。…こんな世界、知らなきゃ良かったなんて思ったコトないよ」  一点の曇りもない瞳で言い切った明琉は、あり得ないと首を横に振るった。 「そんな的外れな罪悪感からオレが気になってんなら、そんなもの、早く捨てなよ。悪いなんて思う必要ないからさ」  罪悪感から生まれる未練など、蹴散らしてしまえと、明琉は笑う。 「ま、天原の心を傷つけたオレは、そんなコト言える立場じゃないけど」  申し訳なさそうな明琉の瞳が、“ごめん”という感情を乗せ俺を見やる。 「お前につけられた傷じゃねぇだろ」  俺の心が折れたのは、明琉のせいじゃない。  ただ単純に、俺が弱かっただけの話だ。 「オレが直接、手を下した訳じゃないけど、元を辿ればオレが原因でしょ。でもさ、天原には…、羽雨ちゃんにも悪いと思うけど、オレ、喜んじゃってんだよね」  たははっと困惑気味の笑みを浮かべた明琉は、言葉を足す。 「それってさ、あの時、オレが愛されてたって証拠じゃん?」  微かに頬を赤く染めた明琉は、照れくさそうな笑みを見せる。 「オレは、オレを必要としてくれて、…愛してくれて嬉しかったんだ。オレに愛を教えてくれたのは天原だし、人を愛おしいって思えるのも、天原に愛を教えてもらったからだと思ってる」  くっと上がった口角は、綺麗な笑みへと変化する。  でも。  俺は、愛を教えてなど、やれてない。  ただ好きだから、大切にしていた。  死んでも、守ろうと思っていた。  だけど、俺には明琉を守れるほどの力が備わっていなくて。  壊されてしまうのが怖くて、自分から大事なものを手放した。  中途半端に明琉の人生に首を突っ込み、引っ掻き回した上で、自分勝手に…、捨てたんだ。 「いろんな選択を誤って、お前の人生を狂わせておいて、俺は逃げだした……」  自嘲する俺に、明琉は不満げに顔を歪める。  明琉の視線から逃げるように、瞳を背ける。 「過ちだったんだよ。俺は好きになっちゃいけなかったんだ。……俺たちは、出会うべきじゃなかった」

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