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第81話 過ちだなんて言わせない

 俺が間違えさえしなければ、明琉の人生はもっと明るいものになっていた。 「オレの気持ちを……オレの存在ごと否定して、過去を無かったコトにしてぇの?」  低く唸るような明琉の声が響いた。  引き摺られるように向けた瞳には、本気の苛立ちを見せる明琉の顔。  ピリピリとする張り詰めた空気が、場に充満する。 「そんなコト……っ」  思ってないと続けようとした言葉は阻まれ、明琉の声が被る。 「オレは過ちだったなんて、思ってねぇから。天原にもそんな風に言って欲しくない。オレたちの出会いは確かにアクシデント…、事故だよ。出会って、話して、興味を惹かれて…なんていう順当な手順なんて踏んでねぇよ。でも、普通に出会わなきゃ、好きんなっちゃいけないなんて決まりねぇじゃん」  ケッと足蹴にするように声を放った明琉は、挑戦的な瞳で俺を見詰めた。 「オレ、天原に会うまで家も金もなくて、誰にも必要とされてなかったんだよ? 天原に出会ったから、人生が狂ったんじゃなくて、オレは救われたの。天原に出会ってなかったら、オレの心は空っぽのままでさ、“愛おしい”っていう感情も、“温もり”も知らないままだった。冷えて固まったままでさ、淡々と過ごす日常に、飽きてくたばってたかもしんないんだよ?」  一気に捲し立て、じとっとした瞳を向けてくる明琉から、俺は視線を外せなかった。 「解った? 天原は、後悔する必要なんて、微塵もねぇの」  握り拳が、俺の右胸に打ち込まれる。  瞬間、喉に刺さっていた小骨が抜け落ちた。  ずるずると引き摺っていると思っていた明琉への想いは、愛おしいという感情とは掛け離れたものだった。  俺は、……明琉からの免罪を、欲していただけだった。  打たれた胸許を押さえ俯いた。 「………で? 今の天原は誰が好きなのさ?」  下から覗き込んできた明琉は、お見通しだというように、にたりとした意地の悪い笑顔を見せる。 「気づいてるんだろ」  照れ隠し紛れに、覗き込んでくる明琉の頭をくしゃりと混ぜてやった。  ははっと楽しげな笑い声を立てた明琉は、自慢げに声を立てた。 「でしょ? だと思ったんだよ」  勝ち誇ったように腰を上げ、小上がりに繋がる襖に手を掛けた。  すっと開けた扉の先。  部屋の片隅に座り込んでいる羽雨。  その肩に頭を預ける見慣れない人物は、一見では、男女の区別がつかないフェミニンな空気を醸している。  羽雨に寄り添うように座っていた人物が、すくりと立ち上がり、明琉に駆け寄った。  勢いのままに明琉に抱き着き、見上げ口を開く。 「終わった?」 「このコは、ペケ。可愛いでしょ?」  問いかけに、“終わったよ”と伝えるように腰に回した手でぽんぽんっとその身体を叩いた明琉は、自慢げな声を俺へと放つ。 「オレの宝物候補。だから、天原も心置きなく、今の宝物、大事にしてよ」  明琉は、ニッと悪戯っ子のような笑みを見せた。  俺から羽雨へと視線を移した明琉は、声を飛ばす。 「羽雨ちゃん、聞いてた?」 「聞こえてないよ。盗み聞きしてないよ」  明琉に抱きついているペケと呼ばれたコが、首を横に振るった。  明琉は困ったように頭を掻く。 「聞いてて欲しかったんだけどなぁ、天原の本音……」  ぼそりと呟いた明琉の視線が、再び俺に戻ってくる。 「伝えられなくて延々と引っ掛かり続けてモヤモヤするくらいならさ、全部ぶちまけちゃいなよ」  ね? と、首を傾げた明琉は、にたりと笑う。 「じゃ、お邪魔虫は退散しまーす」  宣言した明琉は、ペケの手を握り、玄関へと足を向ける。  リビングから出る直前に振り返った明琉が口を開いた。 「あとで結果、教えてね」  にししっと狡く笑った明琉は背を向け、手を振るった。

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