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第85話 天原の懺悔

 “突き放されても、蹴飛ばされても、意地でしがみついて傍にいる。ウザいくらいにまとわりついてやる”と宣言したけど。  空っぽの天原の傍に居たい訳じゃない。  言葉に、天原の歪んだ顔がオレを見やった。  どうしたい? と、天原に全権を委ねるように首を傾げるオレに、盛大な溜め息が吐かれた。  オレは、しがみついているこの手を(ほど)けばいいだけだ。  鬱陶しがられ嫌悪されるくらいなら、少しでも綺麗な記憶のままでいたかった。  ひびだらけのオレの心が、ぴしりと音を響かせる。  ひびが亀裂となり、心が割れていく。 「明琉に惚れたコト……、過ちだと…俺の罪だと思ってた」  ぼそりと疲れたように声を放った天原は、オレを見ているのが居た堪れないとでもいうように、瞳を逃がす。 「俺が明琉に惚れなければ、あいつの人生を狂わせるコトもなかった……」  犯してしまった罪を悔やむように、現実から逃げようとするように、天原は片手でこめかみを掴み、顔を隠す。 「惚れて手中に収めたクセに、守る自信がないって、自分勝手に手放した。俺のせいで誰かに傷をつけられる、……危険に曝してしまうからと、都合いい言い訳を並べて突き放した」  はっと小さく息を吐き、顔から離した手を口惜しげに見詰め、言葉を繋ぐ。 「壊され、消されてしまうのが怖くて…、その瞬間を乗り切ったとしても、また巻き込んじまうのが目に見えていた。…そのうち飽きられて、捨てられちまうんじゃねぇかって不安になって、いつ訪れるかわからない別れなら、今すぐに…こっちから手放してしまえと思ったんだ。……訪れてもいない悲惨な未来に不安になって、明琉の前から逃げ出した」  ははっと小さく立った天原の笑い声は、矮小な天原自身を嘲笑う。 「負け犬に幸せは似合わねぇ」  火傷痕だけが残る右胸のシャツを握った天原は、情けない笑みのままに言葉を綴る。 「自分勝手に捨てた俺が、誰かと結ばれるなんてありえねぇ。こんな小せぇ俺には、独りが似合いなんだって、思ってたんだ。もう誰も、俺の犠牲にならないように……」  延々と語られる天原の懺悔。  ずっと黙って聞いていたが、たったひとつの単語が、オレの壊れた心に引っ掛かる。 「犠牲ってなに?」  ちりっと音を立て、心の端で苛立ちの火種が煙をあげた。 「オレはあんたのために生きてるわけでも、あんたを助けるために好きになったわけでもないよ」  天原の犠牲になるためでも、天原を救うためでも、天原を満足させるためでもない。

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