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第86話 粉々に握り潰されて
「ただ好きなんだ。天原 直が好き。オレが一緒にいたいって思ったから、傍にいただけ……あんたの為じゃない、オレのエゴだ」
紡いだ言葉が、虚しく響く。
天原の心には、オレなど存在してなくて。
今、吐き出された天原の懺悔は、明琉に向けての贖罪の思いで。
オレの言葉が、オレの想いが、天原の救いになるなど、ありえない。
「俺は、お前を好きじゃない……」
天原の言葉に、少しだけ形を残していたオレの心は粉々に握り潰された。
強がり、必死に平静を装っていた顔が、崩れていく。
目の奥が熱を帯び、涙腺を刺激した。
「早く取り返しに行きなよ。まだ間に合うよ、きっと……」
溢れそうになる涙を堪え、声の震えを押さえつけ、言葉を捻り出す。
天原なら、今からでも遅くはない。
寂しさを紛らわせるために、寄り添っているだけの2人なら、天原の入る隙間などいくらでもあるだろう。
きっと、明琉は振り向いてくれる……。
チッと天原の舌打ちの音が響いた。
その音がスイッチだったかのように、堪えていた涙が頬を伝った。
「最後まで聞けよ」
呆れたように放たれた天原の声に、オレの視線が反射的に上がった。
涙に塗れた真っ赤な瞳が、天原の視線を捉える。
泣き顔なんて、見せない。
格好悪く、縋ったりしない。
思っていたのに、流れてしまった涙は誤魔化しようがなかった。
「なんで俺は、好きなヤツを悲しませてばかりなんだろうな…?」
困惑気味の笑みを浮かべた天原の手が頬に触れ、流れた涙の跡を拭っていった。
「お前のコト、好きじゃねぇって思えば思うほど、気になって仕方なくなってった……」
天原の頬が、赤く染まっていった。
その顔に浮かんでいる笑みが、照れを纏う。
予想外すぎる展開に、オレの頭は、ぶつんと思考の糸を切る。
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