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第90話 怖じけを誤魔化す口づけ

 一緒に住み始めて数日後、レーベルの映像を見ているうちに盛ったオレが、天原を誘ったときの話だろう。  あの時は、下心しかなかった。  あわよくば、抱いてもらえるのではないかと期待した。  でも、天原の傷口に触れてしまったばかりに、抱いてはもらえなかった。  ムードこそなかったかもしれないが、色気は見せたつもりだ。  そこに“恋心”なんてものは存在してなくて、別にどう思われようと関係なかった。  手酷く扱われても、断られても、痛む胸なんて持ち合わせていなかったのだから、仕方ない。  でも、今は違う。  恋人との情事に、それなりの雰囲気を求めたって、良いはずだ。  ふぅっと面倒そうに息を吐いた天原は、ガシガシと頭を掻く。 「得意じゃねぇんだよ。口説いたコトもねぇし、まともな恋人なんて居たコトねぇし……」  ぼそぼそと拗ねたように言い訳を紡ぐ天原が、何だか可愛く見えてしまう。  百戦錬磨で好みの相手を落としてきたような雰囲気を侍らせているクセに、 実際は、真っ直ぐな初心(うぶ)さが抜けない姿が、オレの胸が擽る。  軽く息を吐き、天原の手を引き、寝室へと向かう。 「今さらだよね。オレの裸も、散々見てる訳だし……」  引かれるままについてくる天原は、オレの機嫌を探るように、ちらちらと視線を投げてくる。  ベッドの側へと辿り着き、恥ずかしさも照れも切り捨てたオレは、天原の目の前で、ばさばさと服を脱いでいく。 「拗ねんなよ。悪かったって」  下から覗き込む天原の顔は、申し訳なさ気な困り顔だ。  怒っている訳でも、残念がっている訳でも、まして拗ねている訳でもない。  下着1枚だけを残し、天原のシャツに手を掛けた。 「別に、拗ねてないよ。雰囲気なんてオレが作れば言い訳だし」  くっと片方の口角を上げ、にたりとした扇情的な笑みを浮かべてやった。  オレの挑戦的な笑みに、天原は無意識に雄の色香を侍らせる。  肌蹴させたシャツから覗く火傷痕に、唇で触れた。  意図せぬ緊張感が、天原を包む。 「平気?」  ちらりと上目遣いで天原の顔色を窺うオレの瞳には、虚勢を貼りつけた固い笑みが映った。 「今んとこ、な」  胸に蔓延る怖じ気を誤魔化すように、天原は唇を重ねてくる。

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