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EX22 魂の家族

side:リシェール 産まれた時から私は周囲から避けられていた。 理由は私の『紫色の瞳』のせいだ。 両親共蒼瞳で、先祖にも紫瞳など存在した事は無かった。 母の不貞は疑われる事は無かった。 父が母にベタ惚れで、母の傍には常に父が居たからだ。 私が産まれて一年後、弟のサフィーニが産まれた。 サフィは当然の如く蒼瞳だった。 自然、私は赤子の頃から使用人に世話され、サフィは父母の寵愛を一身に受けた。 憎いなどとは思わなかった。 こんな風に産まれてしまった自分が悪いのだから。 寂しさはあった。 だがどうする事も出来ないので、勉強を頑張り、剣術を学び……お陰で人並み以上の才を身に付ける事が出来た。 そうする事で、少しでも両親が目を向けてくれるのでは無いかと期待した。 だが、結果は……。 私はその優秀さを買われて、王太子にほぼ確定した。 優秀だと言ってくれた両親は、褒める事も無く、愛情も無く、その地位を認めてくれただけだった。 私自身ではなく、あくまでも勉学やなんかの才だけが……。 どうやっても両親の愛情は手に入らないと実感した瞬間だった。 ただやはり私も人間だ。 何もせずとも愛される弟には何の責も無いが、どうしてもよそよそしく接し、無意識に弟を睨んでしまう事もあったようだった。 …自己嫌悪に陥る。 寂しい人生。 独りなら耐えられなかっただろう。 だが私には、幼い頃から辛くなると『元気出して…』と何処からか声が聞こえ、ふわりと私を包んでくれるような感触を頻繁に感じる事があった。 夢…もしくは幻聴幻覚。 そうやって夢幻で自分の心を守っていたのだと思っていた。 そうして漸く逢えた。 私が時間のループに陥ったその時。 鏡に映った自分ではない姿。 『泣かないで……』 額同士が鏡越しに触れ合う。 『もう大丈夫……』 この時全てを理解した。 幼い頃から私の心を守ってくれた声だと。 私と柚希は入れ替わった。 私は柚希として、柚希の部屋に居た。 …結局、声の主、柚希とは直接は逢えなかった。 入れ替わったのだから当然だった。 次に入れ替わる時は……二人同時に存在する事が出来ない以上は…。 「私達は触れ合う事も…出来ないのだ……。」 その事実に気付いた瞬間、私は柚希の姿でその場に崩れ落ちて号泣した。 柚希に『入れ替わって欲しい』と願った罪悪感は勿論ある。 ただそれだけでなく、柚希とは次の入れ替わりできっと逢えなくなるのだと、私と柚希は触れ合う事は無いのだと…。 その事実が苦しくて涙が止まらない。 今回と、幼い頃から私を救ってくれていた柚希に、思慕の念を抱いていた為、余計に辛さが増していた。 「あっ、柚希!良かった!目覚めたのね!」 不意に部屋に入って来た女性から声が掛かる。 私は号泣の最中だった。 涙は急には止められない。 「どうした!?どっか痛い!?」 「す…みません…私は…柚希さんでは…無くて…。」 嗚咽混じりにそれだけ言うと、すぐに女性は理解してくれた。 彼女は美月(呼び捨てで呼べと言われた)、柚希の姉君だった。 一日目は泣き疲れて殆ど寝ていた。 二日目、また泣きそうになるが、御家族には挨拶しないと。 そう思って起き上がった時に、美月が部屋に入って来た。 「せっかくこっちに居るんだから、あっちでは出来ない事を経験するのも、人生の肥やしになるからね。」 そう言ってあちこち連れ回してくれた。 初めて見る景色に、端から端まで驚愕しっぱなしだった。 家に帰ると、ゲームという物を教えてくれた。 「リシェール達の経験は、少なくともこのゲームの影響を受けてる事に間違いないの……御免ね。」 そう言ってゲームを部屋に残して美月が出て行くと、すぐにゲームに触れた。 知ってる顔もあり…むしろリアル過ぎて怖かった。 でもこのゲームをする事が、柚希を向こうに押し付けた私の責務であるのだから。 暫くプレイして、かなり恥ずかしい物だと知る。 画面から目を何度逸らそうと思ったか…。 数回ゲームを終えると、見た事も無い選択肢が出た。 「to be continue…?」 初めて見る文字を選ぶ。 「っ……!?」 一瞬激しく光った。 目の前にはいつの間にか、紅い髪をした青年の姿があった。 私と目が合うが、青年は驚かない。 「リシェール。」 私の名を躊躇無く呼んでくる。 だが彼から敵意を感じないので、そのまま様子を見た。 「俺さ…もう…何か疲れた。自分の人生の選択肢を選び間違えたっつーか。もう頑張るの疲れちゃったよ。陽キャ演じるのも疲れちゃった。自分が選んだ道だから自業自得だってわかってるよ。陽キャを演じ続けないと…昔みたいに苛められても地獄だし…。」 重い彼の人生。 私もきっと彼と同じで『独りでも強い人間』を演じていた。 だから柚希に…素の自分で言葉を発した時、いつもなら流さない涙が零れ、弱音を吐いた。 やった事は後悔しているが、素の自分というのは…とても心が楽になるのだと、初めて知った。 美月が、 「入れ替わるのを選んだのは柚希自身だから、気にしない気にしない。」 と言ってくれて心が少し軽くなった。 一番柚希の事が心配なのは、実の姉である美月自身だろう。 それなのに私を責めもせず…。 美月に対しても恩が出来てしまった。 取り敢えず目の前の彼は本当の私自身を見ている感じではない。 ゲームの私を通しているようだ。 私が言えた義理では無いが、素の自分の心地よさを知った私は、この彼にそれを伝えたい。 『無理しないで……。』 『貴方は貴方らしく居て下さい…。』 口について出た言葉は、何故か紅髪の彼に通じたようだった。 当然驚く彼。 しかし次の瞬間、 『私は、そんな貴方が……。』 続きの恥ずかしい台詞が流れる。 本来のゲームの音声だった。 美月は何故こんな恥ずかしい言葉を言わせるのか……。 紅髪の彼の事は心配だが、その後はゲームには干渉出来なかった。 三日目。 私はこちらで、美味しい物を食べたり、この世の物とは思えない美しい夜景(ビルの灯り)を見に連れて行ってもらったり。 「柚希だったら絶対に『リシェールにこっちを満喫させてあげて』って言う筈だから。」 と言ってくれたので、今日も甘えた。 楽しかった…凄い経験をしたのだ。 私は一生この日の事を忘れない。 美月にお礼を言ってから、柚希の部屋に入る。 扉を閉めた瞬間、膝から崩れ落ちた。 楽しかった…もっともっと楽しみたい! 美月も本当の家族以上に優しく接してくれる。 私が得られなかった家族の愛情と錯覚する程に…。 でもそれは柚希の犠牲の上に成り立っている! 「私は…最低だ…っ。」 そこからまた泣いてしまった。 もしも私のように柚希の精神があちらで削られていたらどうしよう。 不安・恐怖・苛立ち……色々な負の感情に苛まれて、柚希に逢う事はおろか、失ってしまったら……。 「きっとこれが私に課せられた罰に違いない…。」 自分が殺され続ける方がマシだったのだと。 泣いても泣いても涙にキリがない。 また泣き疲れて寝てしまうのだろうと、ベッドに仰向けに身を倒し、そうして泣いていると 、初めて感じる気配がして、部屋の扉が開く。 黒い髪の男だった。 「誰だ!?」 警戒しながら起き上がって返答を待つ。 「凄い殺気だな。という事は、今のお前は、柚希になったリシェールだな?」 部屋に入って数分、本当の私を言い当てるとは…益々訝しむ。 少し見て、彼の顔に気付く。 「ウェルナート王子!?」 そうだ、髪や瞳の色こそ違うが、間違いなく彼だった。 「違うんだ。俺は鷹宮涼一という。」 こんなに似ているのに、違うと彼は言う。 余りの出来事に、私は混乱気味のようだった。 「俺は急いでいる。要点だけを手短に言うから、取り敢えず最後まで聞いてくれ。」 深刻な表情と、付け足された「柚希を助けたい」と言う言葉に、大人しく耳を傾ける事にした。 内容は余りにも信じられない事だった。 目の前の彼は、ゲームでウェルナート王子のモデルになったから瓜二つなだけ。 挙句、彼の前世は私を絶望に追い込んだ『アレクシウス』だったと。 私が酷い目に合ったのは、彼が神の力を手に入れて暴走した結果で、今の彼はそのような事をする気は一切無いと。 私は合間に質問や恨み言を口にしそうになるが、どうにか堪えた。 今一番重要なのは、柚希を助ける方法。 私もそれが今一番の願いだったから。 柚希を助けるタイミングを待つ。 待つ間、『リシェ』との悲恋を聞いていた。 「柚希は…。」 涼一が言葉を続けようとした時、タイミングが訪れてしまい、最後まで聞く事が出来なかった。 アレクシウスに囚われてしまった柚希の魂と入れ替わる。 後は涼一に説明された通りに実行した。 アレクシウスが死んだので、闇の契約から、柚希は解放された。 柚希の魂の光に触れようと手を伸ばしたが、掴む前に消えてしまった。 「御免なさい!」 「有難う!」 一つでも柚希に伝わるようにと、短い言葉を、消え行く柚希の光に叫んだ。 全てを終わらせて、私は今日も独りで泣いている。 柚希に逢いたい! 逢いたくて苦しい! 出逢わなかったら一生知らなかった感情は消えない。 この苦しみが私への罰なのだろう。 そしてもう一つ…。 こちらに帰ってから理解した事。 光の魔力の金色と、闇の魔力の黒色が混じると『紫の魔力』になる。 私の紫瞳の色の正体…。 そして…あの時涼一が言おうとしたのは、『柚希は、アレクシウスの恋人のリシェの生まれ変わり』だと言おうとしたのだ。 リシェ様の金色とアレクシウスの黒色が混じった。 二人は恋人同士だったなら、有り得る事だ。 と言う事は、私は柚希の魂から分かれた存在…。 元の一つに戻ろうと惹かれるのは自然な事……。 私の瞳の色が、魔力が低い事が、それが真実であると証ていた。 だがもう逢えない……。 柚希が居るのは別の世界……もう届かない。 一度たりとも触れ合う事が出来なかったというのに! 時間の檻に囚われていた時の方がマシだった! 私はこれ以降、柚希と二度と逢う事が出来ない世界で生きて行くという絶望を感じながら、生きて行く。 それがきっと、柚希に残酷な時間を押し付けた咎なのだ。 私は執務公務をこなし、剣術や魔法の訓練もした。 少量の食事を摂り、短時間眠る。 それ以外の時間を、人払いした玉座の間で、祈るか泣いていた。 心配した陽太が、食欲が出るようにと食事を凝って作ってくれたり、ホットミルクを作って、もっと睡眠するようにと気遣ってくれた。 陽太が居なかったら、私は死んでいただろう。 一年が経過して、私は願掛けに後ろの髪を伸ばしていた。 「こんなに毛が伸びてしまった。柚希さんは変わり無いのだろうか…。」 勿論願掛け内容は『柚希に逢えますように』だ。 その日夢を見た。 私は結局倒れてしまって、そのまま眠ってしまったのだと後で聞かされた。 『大丈夫、きっと逢えるから…。だからその日まで健やかに……。』 夢で柚希がそう言って、私を包んでくれる。 柚希の光が癒してくれる…。 目覚めたら身体が楽になっていた。 心配そうに覗き込む陽太。 もしかして陽太が治癒魔法を掛けてくれたのかも知れない。 その後は…語りたくも無い出来事が起こった。 絶望的な事ではあったが、一年前の出来事の方がきつかったせいだろう、起こった事柄の割には落ち込む度合いが低く感じた。 またこうして何かが起きたら、柚希に逢えるのではないかと期待してしまう。 此処に柚希が来ると言う事は、厄介な事象に柚希を巻き込んでしまうのに…。 それでも逢いたかった……。 また柚希を求める思考に陥ってしまった為、宿を出て少し気晴らしに。 どうやって歩いたのか、四方が何時しか霧に包まれていた。 私の国を滅ぼしたあいつの仕業か? その時……人の気配。 「えっ……!?」 思わず息を飲む。 だって…似ている、そんな筈は無いのに! あいつが私を油断させようと、まやかしを掛けている? 一先ず剣を抜いて気配にゆっくりと近付くと……。 そこには…私が望んだ、金色の瞳、金の髪…間違いなく柚希がそこに居た。 警戒など全部飛んでしまった。 まやかしだって構わない。 泣き崩れそうになるのを堪え、柚希を安全な場所へ連れて行った。 泣くのを堪えられたのは、そこまでだった。 また逢えた。 今度は触れる事も出来た。 抑えていた気持ちが、あまりに嬉しくて溢れ出してしまう。 でも、わかっていた。 柚希が好きなのは涼一。 私には好意的に接してくれる。 それだけで幸せ過ぎるぐらいだ。 だが涼一は、私と柚希の魂の位置付けられた関係に気付いたようで、抑え切る事が出来ない私の気持ちを、時折発散させてくれた。 柚希と同じ魂の片割れだからだろう。 でもそれも長くは続かなかった。 私が柚希に出力する事で、私の魂の精気のようなものが、柚希に吸収されてしまう。 同じ魂の、柚希が母体だからだ。 元の一つの魂に戻ろうとする現象らしい…涼一曰く。 だから私と柚希は引かれ合う。 リシェ様からきちんと生まれていたら、別の魂として存在した筈だった。 紫の瞳は、光と闇が混ざった証。 柚希が例え魂の母であるとしても、私は柚希を愛し続ける。 父がアイツだと言うのは不満だ。 だが、涼一との関係は何処と無く楽しい感じがしないでもない。 時折二人には、私が幼い頃から得られなかった両親の愛情を錯覚する事がある。 そういう時は何となく嬉しい……と感じるのは、私の心の中でだけとして黙っておく。

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