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第6話 不覚
「ちょっと待って!」
「何?」
「あの、わざわざそれを、言いに?」
俺よりも頭ひとつ分高い身長の彼に問う。
どう答えようか考え込むような素振りを見せて、足立は頷いた。
「うん。どうしようかって悩んでたけど、その人が間違ったまま使ってたらと思うと、なんだか気になっちゃって」
ぱちぱちと瞬きを繰り返す俺は、このイケメンから目が離せなくなった。
今まで気付かなかったけれど、この人ってちょっと変わっているのかもしれない。
「それ以外に、気になるところはない?」
「うん、それ以外に変な箇所は見当たらなかったけど」
そうじゃない。誤字とか文面とかそういうことを訊いているんじゃなくて、創作をしていることについてはコメントはないのかと言いたいのだが。
俺は弱々しい声でまた訊いた。
「あ……あんなの書いてるなんて、厨二病みたいだなとか、思わなかった?」
自ら墓穴を掘るみたいな言い方をする。
笑われるくらいなら、自分から笑われにいったほうがまだマシだ。
足立はなんとなく、あのノートの持ち主は俺のものだと悟ったみたいに黙り込んだ。
困らせている。こんな風に言われて「思うよ」だなんて言えるはずないのに。
「そんなことないよ」と言ってくれるのを期待している自分がちょっと嫌で、恥ずかしかった。
謝ろうとしたら、足立はにこっと、何故か嬉しそうに笑った。
「花巻と話したのって、はじめてだっけ?」
心が一気に暖かくなったのを感じる。
そうだよ、はじめてだよ。
ずっと話したいと思ってたけど、恥ずかしくてまともに目も合わせられなかったんだ……それらの溢れる思いは、言葉には出来なかった。
「うん……はじめて」
不覚にも、こんな些細なことで泣きそうになった。
泣いたらダメだ、とじわっと視界が滲むよりも前に、空が泣き始めた方がわずかに早かった。
ぽつ、と雨粒がアスファルトを濡らし、徐々に水玉模様ができていく。
あっという間にどしゃ降りの雨になっていた。
グラウンドで部活動をしていた人達は慌てて屋根のある場所へ移動したり、帰宅途中の生徒は持っていた傘を開いたり。
予想よりもはやく雨が降ってきてしまった。
傘立てから濃紺の傘を取ってきた足立はにこやかに笑って、俺の瞳を覗き込んでくる。
「一緒に帰る?」
お願いします、と小さく呟いた俺の声はきっと雨音にかき消されただろうが、足立は傘を開いて、俺の方へ傾けた。
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