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第8話 怖気

 それから自然と、雄飛の話になった。  足立のことを色々と訊いてみたかったが、雄飛と俺の関係を足立は気になっていたみたいだったので、特に印象に残っている出来事を話した。 「小学生のころ、雄飛に助けてもらったんだ」  当時、俺は隣の席の女の子と気が合って仲良くしていた。その子はいわゆるクラスの人気者で可愛くて、自分の猫っ毛の髪をバカにせず、柔らかくて好きだと言ってくれて、手紙をもらったり本の貸し借りもよくしていた。  それを面白くないと思った男子がいたみたいで、俺はロッカーの中に閉じ込められたのだ。  それまでにも何度か物がなくなったり、朝登校したら上履きが変な場所に収まっていたりはしたけれど、まさか自分自身が隠されることになろうとは予測していなかった。  ある日の放課後、自分の水筒が無いことに気が付いた俺は、学校内を隈無く探した。  なかなか見つからなくて諦めかけたその時、教室の隅にある掃除用具入れのロッカーを開けてみると、水筒がちょこんと綺麗に収まっていたのだ。  水筒を取り、汚れた部分を指で拭っていたら、背中を勢いよく押されて、自分の小さな体が縦長のロッカーの中に収まった。  扉を閉められる直前、俺を押したその手が見えたような気がしたけど、すぐに扉を閉められて、暗闇の中へ閉じ込められた。  ──絶対、出てくんなよ。  両手で押せば扉は開くのに、扉の向こうから聴こえた冷やりとする声に、体が硬直してしまった。  息を潜めて様子を伺い、何度か扉を押してみようかと考えたが、相手が目の前でずっと見張っていたらと思うと怖くて扉を開けられなかった。  勝手にここから出たら、もっと酷くて怖いことをされるに決まっている。  目を開けているのに何も見えなくて、狭いブラックホールに放り出された感覚だった。  この日以来、真っ暗闇が苦手になってしまった。  雄飛が来てくれたのは、閉じ込められてから10分後か、1時間後か。  時間の感覚が分からなくなっていたけど、とてつもなく長い時間、閉じ込められていた気がした。  先に帰宅していた雄飛は、家に帰っていない自分を心配して、学校まで戻ってきてくれたのだという。下駄箱に俺の靴がまだあるのを見つけて、探しにきたのだと。  雄飛の顔を見たら安心し、声を上げて泣いてしまった。  雄飛は、こんなことをした奴を見つけ出してやると躍起になっていたけど、俺はもう、雄飛が来てくれただけで十分だと伝えた。 「その時に、ハグもしてくれたんだ」  それは幼い頃、雄飛の母親が寂しくないようにと自分にもよくしてくれていた。7秒間抱きしめることによって心を安定させたり、落ち着きをもたらせたり、そんな効果があるのだと。  雄飛はその時、泣いている自分を柔らかく抱きしめてくれた。  体温や鼓動が伝わり、ちゃんと生きているっていう感覚。人間って抱き合うと、こんなにも暖かいものなんだよって教えてくれる。そして不安な気持ちが徐々に霧散(むさん)していく。

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