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第10話 変人
いつも雄飛としている、ハグ。
10センチくらいの身長差があるから、ハグというより、俺がしがみついているかのようだけど。
目を閉じて、頭の中でカウントをする。
7秒数えられたところで目を開けると、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした足立と目が合った。
2人を雨から守っていた傘も真っ直ぐに持てておらず、7秒の間、横に傾けられていたらしい。
「ごめんっ、いきなり」
顔が一気に火照っていく。
今更、大変なことをしたかもしれないとようやく我にかえった。
自分もあの時から暗闇が怖いから、何かに怯えてしまう気持ちはよく分かる。
きっと足立も何か理由があって雷が怖いんだ。だから足立の不安げな顔を見たら、なんとかしなくちゃと思って体が勝手に動いていた。
「7秒ハグ、してくれたの?」
うん、と頷く。
嫌悪感を抱かせたら申し訳ないと思ったが、足立は嬉しそうに目を細めてくれたので心底ホッとした。
相変わらず空は黒い雲に覆われているし、いつ次の雷が鳴ってもおかしくない。
やっぱり家へ……と促す前に、足立は「少しだけ、お邪魔させてもらおうかな」と言った。
家に入り、エアコンの風に当たるように、リュックをハンガーに吊るして干していく。
足立は俺が渡したタオルで頭を拭いた。
「ひとつの作品を書き上げるのに、どのくらいの時間がかかるの?」
唐突に訊かれたが、すぐにそれは自分の創作のことについてだと気付く。
やっぱり足立って変な人。
あれほど、バレたら嫌だと思っていたのに、今は不思議と自分のことを知って欲しい気持ちが強かった。
「気分が乗った時だけ書くから、間が空いちゃったりしてなかなか仕上がらなかったりする場合もあるけど、調子が良ければすぐ書けるよ。スマホやパソコンで、1万字くらいの短編だったら半日とか」
足立は「すごい」と、その言葉通り目を丸くして、ぱあっと花が咲いたみたいに笑った。
「ノベル大賞みたいなので受賞したりもした?」
「まさか! 趣味で書いてるんだから、そんなの応募する訳ないじゃん」
「せっかく書いたのに出さないの? それってすごく勿体無い。評価されるかもしれないのに」
「無理無理、絶対に無理!」
実は雄飛にも1度、同じことを言われたことがあるが、俺が無理と言ったら、確かにもっと上手くなってからの方がいいかもなと言われたので、コツコツ頑張っているところだ。
それに、評価をされるのが怖いのだ。だったら自分1人で楽しめればそれでいい。
リビングの窓際に置いてあるソファーに腰を下ろしている足立は、外の景色を眺めている。
雷は時折、空を光らせているけれど音は鳴りはしなかった。
カルピスが入ったグラスを置き、俺も足立の斜め向かいに腰を下ろす。
テーブルの上には、ガラスコップに入ったヒペリカムが置いてある。
母はどんなにクタクタでも、卓上に花を活けるのを忘れない。
小さく赤い実がなっているそれを見てから足立を見たら、花が似合う男だよなぁと思った。
下睫毛が長くて、スッと通った鼻筋に尖った顎。そして印象的な、艶々の黒髪。
その容姿と性格だから、幼い頃から周りにチヤホヤされてきたんだろう。けれど付け上がることはなく、謙虚に生きてきたに違いない。
ボーッと見つめていたら、いつの間にか足立に見つめ返されていたことに気付いた。
「何?」
「あ、足立ってどうして雷が苦手なの?」
誤魔化すためにそんなことを訊くと、足立は困ったように笑った。
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