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第13話 顔色

 ちら、と表情を遠くから盗み見る。  とてもリラックスした表情で、声色も相手に心を許しているように優しく、(おもんばか)るような話し方だ。  噂って本当なのだろうか。  気になるけれど、そこはなんとなく触れてはいけない領域な気がするので、俺はフルフルと首を横に振り、電話が終わるのを待った。  案の定、電話を切って戻ってきた足立は、誰からの電話だったかなんて俺に言うはずもなく。  また創作の話に戻って他愛のない会話をした後、足立は帰ることになった。  また、こうして家に来てくれるだろうか。  気兼ねなく誘えればいいのに、やっぱり口からは何も出てこない。  でも帰り際、足立は靴を履きながら訊いてきた。 「花巻って、猫好き?」  唐突に言われたが、即座に「好き」と答える。  昔、飼っていたことがある。だが父親が家を出ていく際に、連れて行かれてしまったのだ。  それきりその猫とは会えていない。父親とも。 「じゃあ今度、保護猫カフェ行ってみない?」 「保護猫?」 「最近、近くに出来たみたいで」  い、行く……! と興奮して言うと、ますます笑われた。  こうして誰かにお誘いを受けるのは雄飛以外の人では随分と久しぶりだったし、嬉しくてしょうがないという気持ちがわかりやすく態度に出ていたと思う。  まさか、足立の方から誘ってくれるだなんて。  三和土(たたき)に立つ足立と、上がり(かまち)に立つ自分の目線が同じ位置にくる。  足立の目の奥の優しさに、胸がギュッとなる。  足立の髪から、ふんわりといい香りがした。  艶がある上に、香りも良いだなんて。  シャンプーは何を使っているのか気になったが、それはまた今度訊ねることにした。  少しずつ。もったいないから、少しずつ知っていって、この幸せを噛み締めたい。  颯爽と玄関の扉を開けた足立は、やっぱり慈愛に満ちた目を俺に向けて言った。 「じゃあね、史緒(しお)」  (なんでいきなり、俺の名前……)  足立がいなくなった後も、頭の中から足立の低音ボイスが耳の奥でいつまでもこだましている。  じっとしていると、恥ずかしさのあまりにわぁぁーと叫びたくなってしまうので、誤魔化すように掃除機をかけ、ついでに風呂掃除まで済ませた。  母を楽させてあげたいが為に、必然的に家事全般はほぼ出来るようになったし、毎日の日課なのだ。  離婚することになったから、と言われた時、小学校低学年だった俺は『リコン?』と首を傾げた。  お母さんとお父さんが別々に暮らすこと、と言われて理解したけど、いずれはそうなるんだろうなと思っていたので、何にも驚きはしなかった。  父はあまり家にいなくて、いつも上下ベージュ色の作業服のようなのを着ていたけど、結局何の仕事をしていたのかは未だに知らない。  母が出かけている時を狙って、フラッと着替えや食事をしに家に帰ってきていた。  たまに会えた時にはお小遣いをくれたり、一緒にテレビゲームをしたり、おおきな公園へ連れて行ってくれたから、父のことは好きだった。  けれど父はしょっちゅう、母の悪口や、母のどんな所が嫌いなのかを事細かに俺に聞かせてきて……それだけは好きになれなかった。  本当は『悪く言うのはやめて』と言いたかったけれど、俺は黙って聞いているだけしか出来なかった。

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