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第14話 機嫌
『──お前は本当に母さん似だよなぁ。顔も性格も』
そんな風に言われると、自分も母と同じように実は嫌われてるんだろうなと解釈した。
だからこれ以上嫌われないように、気に入られるように、顔色を伺った。
自分よりも他人の軸。
幼いながらに自分の感情を押し殺すのはストレスだったけど、どうにか笑って誤魔化した。
そういう風な生き方しか知らなかったし、今だってそうなのかもしれない。
創作の続きをしているうちに、雨はすっかり上がっていた。
そろそろ夕ご飯の準備をしようと立ち上がると、家のチャイムが鳴ったので、いつものように躊躇 なく扉を開けると、案の定、雄飛が立っていた。
「おぅ、これから飯?」
「うん」
「これ、トマトと茄子だって。こっちはリンゴ」
「わぁ、ありがとう」
重たいレジ袋を受け取る。
雄飛のお母さんが持たせてくれたものだ。度々こうして、野菜や果物、時には手作りの菓子なんかもお裾分けして届けてくれることがある。感謝でいっぱいだ。
袋の中を覗きながら、冷蔵庫に牛ひき肉があったからボロネーゼにでもしようかと思う。
「ところでお前、結局傘はどうしたんだよ」
「傘?」
「折りたたみ傘持ってったっていうの、嘘だろ」
どうしてそのことを……。
雄飛はベランダの方を指さした。
「傘使ったあとは、いつもそこに干してあんだろ。見たところ、使った形跡のある傘は見当たらないし。どうやって帰ってきたんだよ」
「あ……」
ドキンと心臓が跳ねて、肩が強ばる。
責めるような言い方ではなく、雄飛はあくまで穏やかな口調であるのに。
素直に、どうやって帰ってきたのかを白状できない自分がいる。どうしてすぐに、言えないのだろう。足立に声を掛けられて、傘に入れてもらったこと。
その理由は、分からないようで実は気付いている。
「俺の傘使うの、嫌だった?」
「違うよ! えっと……結局、勘違いだったんだ、リュックの中に傘は入ってなくて、それで結局、足立の傘に入れてもらったんだ」
「足立? って、同じクラスの?」
怪訝 そうに眉を寄せられる。
少し怯んだが、なるべく平然を装って言葉を紡いだ。
「今日さ、雄飛が俺のノートを落として、それを足立が拾ってくれたじゃん? そこに間違った使い方があるって、放課後わざわざ言いに来てくれたんだよ。変な人だよね、足立って。その時にもう雨が降ってきちゃったから」
「で、それは史緒が書いてるんだって、足立に言ったのかよ」
あぁ、やっぱりと思った。
こうなるって予想できたから、すぐに言えなかった。雄飛は俺が誰かと勝手に仲良くしたり、話したりしていると不機嫌になる。こんな俺の交友関係を事前に把握しておかないと、気が済まないみたいなのだ。
戸惑いつつも、いつものように俺は微笑みかける。
「バレちゃったけど、特に何も言われなかったよ。そもそも足立が、こんな底辺の俺に興味なんて持つわけないし」
大袈裟に自虐すると、雄飛は物言いたげな視線をこちらに向けてきた。
「適当に誤魔化せば良かったのに。気を付けろよ。小説書いてること、周りに言いふらされたりしたら嫌だろ」
「う、うん」
確かに、それは雄飛との秘密だ。
だけど足立は絶対に周りに言いふらすようなことはしないと、心の中で反発した。
足立と雄飛は、挨拶程度の付き合いだ。
仲は決して悪くないと思うけど、2人が親しく話しているところを見たことはない。
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