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第15話 疑惑

「それに、あいつってさ……変な噂あんじゃん」  雄飛もどうやら、あの噂を知っているみたいだ。  だからといって何なのか。そんな足立だから、信用はするなと言いたいのだろうか。  理由を尋ねてみたかったが、それより先に、雄飛の大きな手が俺の頭に触れた。  ふ、と口の端だけで笑われたのを見て、何が言いたいのかが分かった。  いつものように、優しいけれど逆らい難い響きの声で雄飛に切り出される。 「して」 「うん」  両手に重い袋を持ったまま、雄飛の背中に手を回して、肩口に顔を押し付けるようにしてきゅっと抱きしめた。  さっき、足立にもしたハグ。  雄飛の方がちょっとだけ、肉付きががっしりしているような気がする。  7秒なんて刹那だ。  数え終えてからゆっくりと体を離す。  いつもならだいたい、それで終わりだけど、今日は雄飛の両手が自分の両腕を掴んで離さなかった。  ゆっくりと、引き寄せられるように互いの顔を近付ける。  唇に雄飛の柔らかいものが触れ、目を閉じた。  前に、雄飛が思い切り落ち込んでいたことがある。  中学の時にキャプテンをしていた頃。チームの為に良かれと思ってやった(おこな)いを、実は陰で悪く言われていたことにショックを受け、出口の見えないトンネルをさ迷っていた。  普段の雄飛は明るくて社交的で、くよくよ悩んだりするタイプではないと思われがちだけど、実際は違う。繊細な一面があって、悩みだしたら夜も眠れなくなるほどだ。  いつもみたいにハグを終えて離れようとしたら、その時は互いの顔が近い場所にあることに気付いた。  雄飛はとても哀しい目をしていた。  その目から、とてもじゃないが離せなくなって。  そのあと雄飛は視線を落として、俺の唇を見た。  (まばた)きほどの、短い時間だった。逃げようとか、受け入れようとか、そんな考えも浮かばないほどの。  唇と唇は確かに触れた。  それからだ。ハグと一緒に、たまにこうしてキスが追加されたのも。  なぜ、俺たちはこんなことをするのか。  疑問の影は、こうして唇が触れる度に濃くなるけれど、雄飛に訊ねることができない。  雄飛が何も言わないから俺も言わないという、ものすごく自分に都合のよい言い訳をして逃げている。  顔が離れていったので、俺はゆっくりと目を開けた。   「じゃあ、また明日な」 「うん」  雄飛が帰った後で、両手の袋をどさりと床に置いた。  手がジンジンと痺れている。  袋から出てきた真っ赤なトマトとリンゴが、ゴロリと転がった。

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