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第6話 虚無
「うちは飼えないんだ。うちの人、家を空けることが多いし、猫は嫌いだからダメだって」
足立はそれ以上何も言わなかった。
あんまり笑っていないので、もしかして両親とは不仲なのかなと勘ぐってしまう。
気になったけれど、 友人になって数日の自分が込み入ったことを聞くのは憚 れるので、そっとしておくことにした。
あっという間にキャンディーの部分が無くなったむき出しの棒を持ちながら、足立は呟いた。
「こういう所、史緒とだったら楽しめると思って。だから誘ったんだ」
先程の表情とはうってかわって嬉しそうな表情だったので、こちらも嬉しくなった。
自慢じゃないけど、生まれてこの方、話が面白いだとか、話術が巧みだとか言われたことはない。
それなのに足立は、こんな俺とここに来たいと思ってくれたのか。こんな自分でもいいんだって肯定された気がして、気持ちがとても楽になった。
ありがと、と少し照れつつも言い、キャットタワーの上の方で香箱 座りして寝ている、大福のような白猫の背中にそっと触れてみた。
カシミヤを撫でているみたいに滑らかで蕩けるような肌触りだ。
そのまま撫で続けていたら、大人しくしていた白猫はふと目を開け、こちらに鋭い視線を向けてから俺の手に爪を立てた。
「いたっ」
手の甲を引っかかれて、ほんの少しだけ血が出てしまった。
俺の声に反応した足立は、心配そうに俺のところにやってくる。
「大丈夫? 上の方にいる猫は警戒心が強いから、無理に触らない方がいいよ」
猫を飼ったことがない足立の方が、俺よりもだいぶ猫の扱い方に慣れているようだった。
白猫はささっと走っていき、さっきよりも高い位置に腰を下ろしてしまった。
事態を見ていた女性の店員さんもこちらにやってきて、俺の手を傷付けたことに頭を下げられてしまったので恐縮した。
「この子は、人がまだ少し怖いみたいなんです。1人暮らしの高齢者宅で飼われていたんですが、その方が急に倒れてそのまま入院してしまったので、1週間近く、餌を貰えていなかったんです」
「あぁ、そうなんですか……」
足立は気を落としたようにシュンとなった。
俺も、天井近くまで上った白猫を見て心が痛む。
仕方なかったと言えばそれまでになってしまうが、その1週間、この猫がどんな風に過ごしていたのかを想像するとやりきれない。
いつまでも飼い主を待つ姿。窓の外の景色を、この猫は何を思って眺めていたのだろう。
置いていかれた。もしかしたら、このままずっと1人きりなのかもしれない。
猫の気持ちになって考えていたら、いつの間にか自分の姿を重ねていた。
ロッカーに閉じ込められた自分。
誰にも気付いてもらえずに、一生ここから出られなかったらどうしよう。
目を開けても閉じても変わらない暗闇。
緊張から、少しだけ鼓動が速くなってしまう。
なんだか息苦しさも増してきた。
真綿で首を絞められているような気分になって、首を何度もさすってみたけど、つっかえは取れなかった。
そんな時にふと、背中に足立の暖かい手が触れる。
「こっちにおいで」
店員さんの目の前で躊躇なく手を引かれたのでハッと息をのんだ。
節張った手。その優しくて甘い言い方にも、身体がなんだか熱くなってしまう。
足立は俺をゆっくりとソファーに座らせてくれて、さっき店員さんから貰った絆創膏を、傷付いた手の甲に貼ってくれた。
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