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第10話 秘訣

 (あれ、ということは?)  今の理屈が通るのならば、俺は足立が好きだということになってしまう。 「なんかごめんな。史緒に色々と迷惑かけて」  足立の声に、ハッと我に返る。  困ったように笑いかけられたので、首を横に振った。 「足立が悪いんじゃないし」 「でも、もしまた何か言われたら、遠慮せずに俺に言って?」 「うん」  やっぱり好きなのかも、と認識したらなんだか恥ずかしくて戸惑った。そして、さっきまで見れていた足立の顔がまともに見れなくなってしまった。  確かに足立のことは前々から気にはなっていたけれど、きちんと言葉を交わしたのはたったの数日なのに、こんなにも簡単に好きになるだなんて。  今になって分かった。足立が初めて俺を叱ってくれたあの日、信頼感から生まれた気持ちは恋心だったのだ。  こんな俺の気持ちにきっと微塵も気付いていないであろう足立は、カップの中身を飲み干した。  カフェから出て、とりあえず目的もなく歩き出す。 「この後どうしようか。何処か行きたい場所とかある?」 「え、うーん……何でも、いいよ」  頭がフワフワとして、何も考えられない。  ハッキリとしない返事をすれば、足立はムッとしながら体を丸めて俺の顔を覗き込んでくる。 「何でもいいじゃなくて、ちゃんと考えてよ」  息をするのも躊躇(ためら)う距離だ。  やめて欲しい。そんな風に見つめないで欲しい。  足立の艶々の髪の毛からフローラルないい香りもしてきて、パニックになった。 「足立ってシャンプー何使ってるのっ?」  早口でそう言えば、足立は「いまそれ?」といったような表情で、少々首を傾げた。 「ヘアサロンで買ってるシャンプーだけど」 「へぇ! さすが足立。俺なんか、いつもドラッグストアーで適当に買ってるよ。いっちばん安いやつ!」  だからこんなパサついてるのかな、と自虐的に毛先をクルクルさせる。  何でこんなこと言ってるのか、自分でも分からなくなってきた。足立はテンションがおかしい俺を見て、クスクスと笑っている。 「担当してくれてる人と仲が良いから、いつも安く買わせてもらってるんだ。といっても、3千円くらいはするんだけど」 「3千円?!」 「トリートメントも買わされるから、6千円くらいかかるかな」  艶々の黒髪の秘訣はそこにあったのか。  自分が使っているシャンプーの何個分だろうかと、いやらしくも計算してしまった。 「俺もそういう所のシャンプー使えば、このパサパサもマシになるのかな……?」 「なるんじゃない? 髪質に合わせて何種類か販売されてたから、相談すればピッタリ合ったのを持ってきてくれるかもよ。良かったらこれから行ってみる? そんなに遠くないよ」  いつも足立が行っている場所に、連れて行ってもらえるなんて。  また新たな色を見つけた。  だけど見つけなきゃよかったのかも、と思うことになろうとは、この時はまだ分からなかった。

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