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第11話 疑惑
そこは小さなヘアサロンで、暖かく、どこか懐かしさを感じるような外観だった。
観葉植物がかかっているアンティーク調の木製ドアを開けると、ひんやりとした冷気と、ミントやユーカリといった爽快感あふれる香りが漂ってくる。席は3席分しかなく、中はとてもこぢんまりとしていた。
女性の美容師さんが男性の髪の毛をカットしていて、シャリシャリとリズミカルな音を立たせながら「いらっしゃいませ」と俺たちに声を掛けてきた。
その後すぐに、奥から1人の男性が出てきた。
「あれ、恭太郎じゃん。どうしたの?」
その人は目を丸くしながら足立の名前を呼んだ。
明るい色にカラーリングをし、パーマをかけた髪に温和そうな顔立ち、すらりと伸びた手足。そして洒落たビビットカラーの眼鏡。
見覚えがあった。
いつか車で足立を迎えにきていた男の人だった。
「康二 ごめん、今忙しい?」
「ううん、大丈夫だよ。なんだ、連絡くれたら良かったのに」
「一応さっき入れたんだけどね。友達連れて顔出すからって」
足立はその人を親しく『康二』と呼んだことに、胸のあたりにモヤモヤと重苦しい何かが湧いた。
康二さんはポケットからスマホを取り出し「あぁ悪い、気付かなかったよ」と笑った後で、こちらに視線を滑らせた。
一瞬、俺を険しい目で見た気がしたが、すぐにフッと表情を和らげられる。
「高校のお友達?」
「あ……はい、クラスメイトの花巻 史緒と言います」
「ふぅん」
康二さんは俺の頭に手を置き、そのまま毛先の方まで髪を梳いてしまう。
「細くて柔らかいね。毛先がちょっと傷んじゃってる」
恥ずかしくなっていると、足立が少しムッとしながら「康二」と諌 め、手を引き剥がした。
「いきなり失礼だろ。そっちも自己紹介しろよ」
「あぁごめん。初めまして。ここの店長をしている、磯部 です。恭太郎とはもう長い付き合いで……8、9年くらいかな」
そんなに? と驚きを隠せずにはいられない。
このヘアサロンは2年前に開業したと先程足立から聞いた。一体どこでどんなふうに繋がりが……それに。
(噂通りなら、この人は足立の恋人ってことになるけれど……)
だが2人の柔和な雰囲気や体躯、そして何より顔の造りが似ているのが引っかかった。
もしかしたらと思い、俺は康二さんに訊ねてみる。
「お2人はご親戚ですか?」
「よく言われるんだけど、親戚でも家族でも何でもないよ。赤の他人」
「あ、へぇ~……」
予想は外れたので、また疑惑が沸いてくる。
じゃあもしかして、本当に2人は──
聞いてみたいけれど、安易に触れられない。『2人が恋人だって噂があるんですが』なんて言って、微妙な空気にさせたら嫌だし。
そんな時、康二さんは何かを思い出したかのように手をパンと叩いた。
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