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第13話 興味
「ごめん史緒。俺、急用が出来ちゃって。もう帰らなくちゃ」
「あ、そうなの?」
じゃあ俺も一緒に……と立ち上がりかけたところで、康二さんが真っ直ぐに足立を見た。
「大丈夫か?」
そう静かな口調で訊ねると、足立はまた鼻の頭をかきながら掠れた声で「……うん」と頷いた。
なにか言いづらいことがある時に鼻を弄る仕草は、どうやら足立の癖らしい。
それに、その表情に見覚えがあった。
雷の鳴った日、俺の家で電話をしていた足立。
あの電話の相手は、きっと康二さんだ。
俺には分からない2人の世界があって歯がゆくなる。
確かに2人は8年来の仲だし、恋人同士で、他人は簡単に踏み込めないのかもしれないけど……それでも知りたい。怖いけれど、知りたい。
しょんぼりとしている俺の顔を、康二さんはじっと見ていた。
「史緒ちゃんはまだいられるよね?」
「えっ?」
「この後、特に用事はないんでしょう? だったらこのシャンプー、試していきなよ。お金は取らないからさ」
「でも……」
思わぬ提案に、どうしたら良いのか分からなくなる。ちら、と見上げると、足立は康二さんと似た笑みを浮かべていた。
「せっかくだからやってもらいなよ。これでも、康二の腕は確かだよ」
2人にそう言われてしまっては、断れる理由がない。いつもは近所の昔ながらの理容室で切っているのでシャンプーなしだ。
戸惑いつつも、「これでもってどういう意味だ?」と突っ込んだ康二さんのご好意に甘えることにした。
足立が帰ったあと、奥にあるシャンプー台に連れていかれた。黒の電動シャンプーチェアーにゴロンと座りこむとシートを倒され、フェイスガーゼをかけられる。
少々薄暗い空間なので鼓動が早まるけれど、完全な闇ではないし、すぐに水音が頭上から聞こえてきたのでホッとした。
「気になる? 僕と恭太郎の関係」
髪を濡らされた直後、そんな言葉が降ってきたので目を開けた。
ガーゼに遮られているので、真っ白い世界しか見えない。
「いえ、別に」
「えぇ? さっき気になってしょうがないって顔してた気がしたんだけどなぁ。僕の思い違いか」
いたずらを仕掛ける子供みたいな声色の康二さんに、内心イラッとしてしまう。
まるで試されているかのようだった。この子は果たして、いつ食いついてくるだろうか、と。
本当はその腕に飛びついて揺さぶりたい気分だが、それは相手の思う壷なので自制する。
「じゃあ、お2人はどんな風に知り合ったんですか」
あんまり興味はないけど聞いてあげるよ、といった声色で尋ねてみた。
康二さんはもったいぶっているのか「うーん」と言いながら俺の頭にシャンプーをつけていく。足立の髪と同じフローラルで爽やかな香りだった。
「そうだなぁ。どうやって言ったらいいのか」
(そっちが気になる? って訊いてきたくせに、すぐに言わんのかーい!)
あえてもったいぶることで場を和ませようとしているのかは定かではないが、そうされるのはちょっと苦手だ。
続きを待っていたら、思わぬことを切り出された。
「ところで史緒ちゃんはさぁ」
「はい」
「恭太郎のことは好き?」
「……それはまぁ、好きです、よ。いい友達だなって思います」
あえて『友達だ』と付け加えた。不自然ではなかっただろうか。
自分の心配をよそに、低くて穏やかな声が降ってくる。
「そうだね。明るくてしっかりしてるし。あの子は根っからの善人で、例えどんなに興味がない人にも無条件に優しくするから、好かれてるって勘違いしちゃう人も多いんだよね」
その声は軽やかで、人を傷付けようとしているわけではないけど、まるで自分に忠告されている気がした。
勘違い、しちゃう人……
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