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第14話 特別

 もしかして、この短時間で足立に特別感情を抱いていることに勘づいてしまったのか。  手に汗を握るが、康二さんはまた話題を変えた。 「恭太郎のことで知ってることはある?」 「知っていることですか? ……雷が苦手って」  そう言うと、俺の頭を洗っていた康二さんの手の動きが止まる。 「へぇ。それ史緒ちゃんに言ったんだ? 意外だな」  やっぱり康二さんは知っていた。  知っている人は俺だけであって欲しいという願いは儚く散った。 「不本意に知ってしまって。雷が鳴った日に一緒にいて……怖がっていて」 「怖い理由は聞いた?」 「自分でもよく分からないって」 「ふぅん。そっかぁ」  手の動きを再開される。  いい塩梅(あんばい)の力で、下から上へ向かってジグザグと指先で頭皮を刺激されると眠ってしまいそうになるくらいに気持ちが良いのに、胸はなんだかスッキリしない。 「あの、もしかして知っているんですか? 雷が怖い理由」  康二さんは(もく)したまま手を動かし続けている。何も答えないということは、たぶん知っているのだ。  どうして本人にも分からないようなことが、この人に分かるのだろう。  何を知っているのか答えを確かめたくて、本当は言ってはいけないことかもしれないけれど、あの日見た足立の体のことを口にしてしまった。 「あ……あとお腹に、火傷の痕があります。ケトルのお湯をかけちゃったって」 「へぇ。あの子、それは覚えてるんだね」  それは、と言うことは、雷が怖い理由は覚えていないという意味だろうか。  君は何も知らないんだね、とでも言われているみたいでムッとして、俺はフェイスガーゼを取って康二さんを見上げた。 「あの、もし知ってたら教えてください。それにさっき足立にかかってきた電話……康二さんはどうして足立に大丈夫かって言ったんですか」  逆さまに見える康二さんは、相変わらずいたずらっ子みたいな笑みを浮かべていた。  職業病なのか、常に口角が持ち上がっているのかもしれない。  ガーゼを取った状態のまま、康二さんは泡を流し始めたので、飛沫が俺の顔にポツポツと飛んでくる。  シートを起こされ、タオルドライされる。タオルからも髪からも、お日様みたいにふんわりとしたいい香りがしてきた。 「──あの子はね、可哀想な子なんだ」  いい気持ちだったけれど、康二さんの言葉に心がヒヤリと冷えた。  今はじめて、この人の感情と表情が一致した気がした。哀しげに言いながら眉を下げて言う。 「史緒ちゃんのこと、恭太郎は電話でよく話してくれるよ。ようやく話が出来るようになったんだって嬉しそうに言ってたし。僕はあんまり言いたくないんだけど、あの子は君のことを気に入ってるみたいだから、特別に教えてあげる」  今度は唇の端を上げたけど、その目は笑っていなくて氷のようだった。  ひょっとしなくてもひょっとして、俺はこの人に嫌われているのだろうか。  店に入って目が合った時、どうにも睨まれた気がしたのは気のせいではなかったようだ。  好かれたい訳ではないが、いい印象を持たれなかったことにはしょんぼりとした。

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