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第2話 嫌悪

 その後足立の両親は離婚し、今は、とある大手企業の社長をしている父親と2人で暮らしているとのこと。  父親はどこか自分勝手で、足立よりも仕事を優先することが多いのだが、気の向いたときに足立を電話で呼び出しては食事に誘ったり出かけたり、というのをしているらしい。  さっきの電話も父親からで、断れば面倒になるから、と足立はしぶしぶ言うことを聞いているみたいだ。 『僕はあの子の母親も、その時一緒にいた男も大嫌いだし、許せない。思い出すだけでも腹が立つ』  康二さんは独り言のように呟いた後、眉根を寄せていた顔から一変、笑顔になった。 『それから、1年後くらいかな。たまたま雷が鳴った時に、あの子はものすごく怯えていたんだ。きっとあの時のことを思い出したからだろうって僕は気付いたけど、当人は何でか分からないって顔してた。試しに火傷のことも訊いてみたら『母親が病院に連れて行ってくれた』って言うんだよ。あの子の中の記憶がすり替えられてたんだ。そうなるように、頭が勝手に判断したんじゃないかな』 『辛い、思いをしたから……?』 『史緒ちゃんにだって1つや2つ、あるでしょ。事実を塗り替えたいって思うくらいに嫌な出来事とか、恥ずかしい過去』 『まぁ、それは……』 『もしかしたら自分でも気付かないうちに、恭太郎みたいに記憶を捏造(ねつぞう)しちゃってるかもしれないよ? けど史緒ちゃんの場合、何でもないことでも鶏みたいにすぐ忘れちゃいそうだけどね』  そこまではっきりと嫌味を言われると、逆に爽快感がある。そんなことよりも、足立のことが気がかりだった。  足立は雷を見つめながら、自分の心はもう限界なのだと思ったのだろうし、雷と母親の罵声をリンクさせたのかもしれない。受け入れられないことを、雷と共に記憶から消し去ってしまったのかもしれない。  1週間、1人きり。置いていかれた。このままずっと1人だったらどうしよう。  そう、まさに今日、保護猫カフェで出会った白猫と同じだった。  足立の役に立ちたい。  胸の奥から自然とそんな感情が湧いて出た。  悩みや痛みを全部取り除くのは難しいけど、ほんの少しでもそれを和らげてあげたい。自分に力になれることがあるのならば何でもしたいと思う。  それらを康二さんに思うがままに言葉で伝えると、へぇ、と興味が無さそうな顔をされた。 『見るからに弱音ばっかり吐いてそうな君に、一体何ができるの?』  これがこの人の本性だ。笑顔の仮面を被っているけど、俺への嫌悪感でいっぱいなのだろう。  弱音ばっかり吐いてなんか……と言いたいところだけれど、それは自分でも分かっているから否定できなくて、せめてもの反論をしてみた。 『は、話を聞くぐらいだったら、俺にだってできます』 『ふぅん。あの子が史緒ちゃんに何でも話してくれると思う? 自分よりも弱くて脆くて頼りない人に相談しようだなんて、僕だったら思わないけどなぁ』 『足立は違うかもしれませんっ』  声を張り上げると、ドライヤーの温風を強にした状態で顔面に浴びせられたので、俺はわぁわぁ言いながら顔を背けた。   『熱い熱い! 何してるんですか!』 『あ、ごめーん、手が滑った』  悪びれた様子が全く感じられない声で返され、さらに足された言葉に俺は目を丸くすることになる。 『まぁ、君があの子を友達以上に見てるっていうのはよく分かったよ』 『え?! 俺そんなことは……』 『でもやめておきな。あの子にはさ……』  カチッとスイッチを切って鏡越しに目を合わせてくる康二さんの表情は、やはり相変わらず余裕のある笑みを(たた)えていた。 『──子供の頃からずーっと、想い続けている人がいるからね』

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