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第3話 克服
子供の頃から、ずっと。
すなわちそれは、康二さん自身のことを言いたいのだろう。俺への剥き出しの嫌悪感がそれを物語っていた。
人にああいう態度を取られるのには慣れている。俺みたいなのが、自分の恋人である足立と一緒にいたのが面白くなかったのだ。
火傷をした時、康二さんに見つけてもらえなかったら、足立は下手したら命を落としかねなかった。足立は覚えていなくても、恩人である康二さんのことを特別視することは理にかなっている。
何もできなくても、せめて悩みを聞くぐらいだったら。それくらいだったら許されるはずだ。友達として足立のそばにいること。
途端に、足立と話したくなってきた。
電話をしてみようかと連絡先を表示するけど、ハードルが高いことに気付いて大人しくスマホを置いた。
代わりに本棚から『はくぶつかんのよる』という絵本を取り出す。所々擦り切れていて、剥がれてしまった頁はセロハンテープで処置をしてあるくらいにボロボロなので慎重に。
これは両親が離婚するちょっと前に、父親が買ってくれた外国の絵本だ。雄飛と遊んでいる時に買ってもらったので、雄飛も同じものを持っている。
はくぶつかんのよるは、フランスに実在する博物館が舞台で、夜になると展示物が動き出すというファンタスティックな物語だ。
この絵本を眺めていると、俺はしあわせな気持ちになれる。暗闇の中を動き出す生き物たち。濃紺の表紙も神秘的で煌びやかだ。
読む時はいつも妄想をしながら読むようにしている。暗闇は怖いものじゃなく、美しくて楽しいもの。だから自分は暗闇にいても怖くない。
そう思って何度か電気をすべて消してみるのだが、やはり心拍が上がってきてしまう。
いつかは克服できたらいいなと思っている程度なので、いつもすぐに電気を付けてしまう。
ロッカーに閉じ込められた記憶を忘れられたらいいのに。そんなことを考えていたら、『記憶を捏造しているかもしれないよ』との言葉がふと頭に浮かんだ。
それだったら、あえて捏造しちゃえばいいのでは、と閃いた。例えばあれは、隠れんぼをしている最中で、ワクワクした気分で自ら入ったのだと……。
試みたけれどダメだった。恐怖はあの日に取り残されたままである。
辺り一面漆黒の闇。指先に触れるドアの冷たくて硬い感触。そして『絶対、出てくんなよ』とひやりとする言葉を浴びせられたこと。1つ1つ、鮮明に覚えている。
絵本を元の場所に戻してスマホを確認した俺は、表示された名前に心臓が飛び跳ねた。
足立から『電話してもいい?』とメッセージが届いていた。
いいよと送れば、すぐにスマホが震え始めた。
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