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第5話 弁解

 俺も、今日限りで終わりたくはなかったので、次があることを約束されて舞い上がってしまった。 「じゃあ今度、足立の家に行ってみたいな」  言ったあとで背筋がヒヤッとした。  いいよ、と笑顔で歓迎してもらえるとばかり思っていたけど、足立は視線を少し下に落としたまま何かを考えている様子で、その表情からは明らかに困惑の色が見て取れた。  間違った。嫌なんだ、家に来られるのは。  また由井さんたちに見られたら厄介だからといった理由で言ってみたんだけど。いきなり図々しかったかもしれない。  慌てて謝った。 「ごめん。明日までには行きたい場所、考えておくから」 『あぁ、いやいいよ俺の家で。こっちこそ誤解させちゃって悪い。最近掃除サボってて荒れてるから、ちゃんと綺麗にしないとなって考えただけ』  そう弁解してくれたけれど、どうにも気を遣わせてしまったような気がしてならない。  人の顔色を伺う癖が付いているせいか、不安になってしまう。 「本当に大丈夫?」 『うん、いいよ。テスト期間終わったらおいでよ』  大丈夫かな、本当に。  けどあまり確認を取ってもウザがられるだろう。足立の言葉に甘えることにした。   「じゃあ、また学校で……」  そう言いかけた時、母が仕事から帰ってきた。  玄関が開いて「ただいまー」と疲れを滲ませた声が聞こえてくる。電話の向こうにもそれは聞こえたらしい。 『お母さん?』 「うん。今日も仕事で」 『そっか。お母さん1人でよくやってるよね。史緒もお母さんも偉いよ』 「別に、俺は何も……」  子供を褒めるような言い方に照れてしまうけれど、なんだか変な感覚がして言葉を止めた。  違和感の正体にすぐに気付き、あれ? となる。 『じゃあ史緒、またね』 「うん、また」  電話を切って立ち上がり、キッチンへ向かった。  母が買ってきた食材を冷蔵庫に入れながら考え込んだ。  俺の家も片親なんだって、足立に話したっけ。  隠している訳じゃないし、知ってたら知ってたで別にいいのだが。  たぶん先生から聞いたんだろう。そう結論付けてから俺は、また「あれ」となった。  そういえば、俺のどこらへんをハムスターみたいだと思っているのか訊くのを忘れた。  家に行った時にでも尋ねてみようと思う。  * * *  月曜日。  登校し、下駄箱を開けた瞬間に固まってしまった。  置いておいた自分の上履きが、水浸しになっていたのだ。    (い、いじめ……)  まさか高校生にもなって、こんな典型的な嫌がらせを受けることになろうとは。  パタン、と扉を閉めて深呼吸をし、一旦冷静になる。  これをやったのは誰なのか。心当たりがありまくる。  足立に『自分の株を落とすようなことはするな』と言われたばかりなのに。急激に降下するようなことをして、一体どういうつもりなのだろう。女子の考えることは分からない。  足立に言おうか言わまいか考えた挙句、結局黙っておくことにした。  このくらいのことで彼女のむしゃくしゃした気持ちが収まるんだったら、自分が我慢すればいいだけの話だ。  それに相手の顔がしっかりと分かっているからか、それほど落ち込んではいない。

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