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第7話 陰陽

 ──なんでスリッパ?  書かれていた文字はバランスがよくて綺麗だった。  俺はその下に、なるべく見栄え良く見えるように『上履き、忘れた』と丁寧に書いてから折りたたみ、足立の机へ投げた。  足立はすぐに紙を開いて読み、ちょっとクスクス笑ってからまた何か書き、俺の机へ紙を投げ入れる。  ──意外とおっちょこちょいだね  本当の理由を知ったら足立は、今度は由井さんに何を言うのだろう。  やられたのは自分なのに、足立にバレてしまった時の由井さんの方が可哀想だと思えてしまい、やっぱりこのことは秘密にしておくことにした。  何て返そうかと悩んだが、あっと閃いて文字を書いていく。  ──俺ってハムスターみたいなの?    歯並びだけはいい方なので出っ歯じゃないのだけれど。  足立はまたクスッと笑って、手紙を返してきた。  ──その髪の毛の色と、優しいけど繊細で臆病なところ。たまに、史緒が口いっぱいにエサを頬張ってほっぺを膨らませてるのを想像しちゃう。  なんだ、その想像は。  そういえばハムスターは種類によって違うらしいけれど、性格は大人しくて繊細な生き物だったはず。  こんな感じかな? とわざと足立の方を向いてプクッと頬を膨らますと、「ふふっ」と噴き出された。足立の右隣にいる女子が「足立、何笑ってんの」と突っ込んでいた。  そこで俺はようやく、背後からの鋭い視線に気付く。  振り向かなくても分かる。雄飛が、俺たちをじっと見つめている。  きっと手紙のやり取りをしていたところも見ていたはずだ。浮かれて周りが見えていなかった。  手紙はそれで途切れた。というか続けられなかったのだ。  休み時間に入ると、緊張で手汗が滲んだ。  雄飛はいつもと変わらぬ態度で自分に接してくれているが。  きっと怒られる。  雄飛には、土曜日に足立と出かけたことを話していない。ただ傘に入れてもらい、創作ノートを見られた相手だとしか認識していないだろうから、急に足立と距離を縮めていることを不審に思っているだろう。  昼休みに入ると、案の定「史緒、ちょっと付いてきて」と雄飛に呼び出しをくらってしまった。  何を言われるのかビクビクしながら、後を付いていく。  やってきたのは屋上だった。  空は灰色の雲に厚くおおわれていて、生ぬるい風が頬をかすめた。  昨日の雨の影響か、所々水溜まりができていた。  貯水タンクの裏側にまわって、座る箇所が濡れていないか確認してから腰を下ろす。  雄飛はさっき買ったパン、俺は家から持ってきたおにぎりを口に運んだ。  雄飛は食べながら「これ」と小さな袋をこちらに寄越した。  中を見ると、透明なビニールに絹糸で封をされた金平糖の包みが3つ入っていた。ピンクや黄色や水色など、色とりどりの小さな星の粒が見える。 「わぁ、きれい」 「温泉旅行行ったんだと。そのお土産」 「へぇ。雄飛は行かなかったの?」 「部活だったし。でさ、それ、どしたの」 「え?」 「スリッパ」  雄飛は口をモグモグとさせながら訊いてくる。  足立の時と同じように「上履き、忘れちゃって」と伝えた。  雄飛は何か考え込むような顔をする。  これから足立のことで何て言われるのかと思うと、嫌でも緊張してしまい、おにぎりを食べるペースが遅くなってしまう。  ぴんと張り詰めた危うい空気の中、こちらから何か世間話をする勇気もなくて、無言になった。  雄飛が口を開いたのは、パンを全部食べ切って袋を小さく丸めはじめた時だった。 「どうして、嘘付くんだよ」

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