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第8話 屋上

 そんな風に言われ、俺はどんな嘘を付いたのか記憶を手繰り寄せた。  足立が底辺の俺なんかに興味を持たないと言ったこと? だが、仲良くしないとは言っていないはずだ。  考え込んでいると、雄飛は思わぬ所を指摘した。 「上履きちゃんと持ってるだろ。さっき史緒がカバン開けてる時に、袋に入ってんの見えた」  どうしてそんなに、鋭いのだろう。  うまく機転をきかせられなくて口ごもった。変に言い訳しようとすればするほど薮蛇になりそうで、仕方なく正直に話すことにした。 「朝来たら、水浸しになってた」  俺はなるべく明るく、軽いジョークでも話すようなノリで「牛乳じゃなくて良かったよ」と苦笑いする。  賛同して笑って欲しいのに、隣の人は少しもくすりとせず、考え込むようなそぶりを見せて真顔で言う。 「お前、土曜日何してた?」  土曜日……足立と出かけた日だ。  まさか雄飛は知っているのだろうか。 「あ……あの……」 「足立といたんだろ」  驚いた俺は目を瞬かせる。 「どうして知ってるの?」 「駅で見かけたって友達がいて、俺に連絡してきたんだよ。珍しいペア見つけたーって言って」 「あ、そうなんだ……」  由井さんたちにも会ったし、もう少し遠くへ繰り出せば良かったかもしれない。 「なんで前もって言わねぇの? ていうか今も、俺がこう言わなかったら足立と出かけてたこと、黙っとくつもりだっただろ」  指摘され、俺はぎゅっと下唇を噛んだ。  まさか、言えるわけがない。  雄飛はいつも機嫌を悪くするから言えなかっただなんて。  どうにか傷付けないような言い方はないものかと、頭の中で言葉を組み立てていく。  俺は雄飛の交友関係に口を出したことはない。  雄飛がどんな友達と何処へ出かけようが、どんな女の子と付き合おうが、雄飛が楽しいのならばそれでいい。なのに雄飛は、俺に対してはまるで過保護な親のようだ。  そうだ。たまに感じる違和感はこれだ。多少は放っておいて欲しいんだ。  俺が誰と何をしようが、勝手じゃないか。  けれど勇気がない自分は、そう考えるだけで言葉にはできない。  言ったら絶対に嫌われる。  湧いてくるどうしようもない感情は、いつも胸の内に縫い付けておくのだ。例えそれが、心の重荷になろうとも。 「あぁ、悪ぃ。責めてる訳じゃないんだけど」  落ち込んでいるのを慰めるように、笑顔で謝られた。 「ううん、俺も、言わなくてごめん」  こちらも謝れば、雄飛もつい言いすぎたというように首もとに手をやり、持っていた金平糖の袋を1つ開けて粒を口に放り投げる。 「で、本題なんだけどさ。史緒の上履きがイタズラされたのって、明らかに足立といたせいだろ。お前、あんまりあいつと関わらない方がいいんじゃねぇの?」  雄飛も気付いている。由井さんたちのことは知らないと思うけど、足立といる俺を敵視している人物がいること。  雄飛の言う通り、足立と俺は一緒にいるべきではないのかもしれない。  でもそれは他人の軸だ。自分がどうしたいかに重きをおけと叱ってくれた足立の言葉は、胸に深く根付いている。  反論したところで、雄飛が納得するとは思わない。だけど今回は、どうしても言うことは聞けない。  俺はたどたどしく、言葉を紡いでいった。 「確かに、そうかもしれない……でも足立は、ずっと俺と仲良くしたかったって言ってくれたんだ。俺も話せて嬉しかったし……俺が足立といると嫌だなって思う人もいるかもしれないけど、せっかく友達になれたから、これからも仲良くしていきたいんだ」  雄飛は唖然としていた。  アドバイスを無視して、自分の考えを正直に伝えるのって今まで無かったから。  予想通り、戸惑いを含んだ声で反論される。 「今回は上履きをイタズラされるくらいで済んだけど、もっと酷いことをされるかもしれないだろ。そうしたらどうするんだよ。史緒は耐えられんの?」 「……その時は、その時」  今までずっと、言うことを聞いてきた。  そうしていれば、何も問題なかったのだから。  けれどこれは、いい機会なのかもしれない。もう俺は子供じゃない。自分だって意志はある、言える。  自分の足で歩むところを、雄飛に見せていかなくちゃ。

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