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第9話 心配
「リスクを犯してでも、足立と仲良くしたいのかよ」
やめておけ。俺の言うことを聞いておけ。
そんな風に険を含んだ、尖った声と表情だった。
「もし何かあったら、次からはちゃんと雄飛に報告するから」
それだったらいいかと確認を取ると、手でそっと頬を包まれた。
今度は強い口調ではなく、へりくだった声を出される。
「心配なんだよ。あの時みたいに、また史緒が変なことに巻き込まれたりしたら嫌だから」
ロッカーに閉じ込められた時のことだ。
あの日から雄飛は、前にも増して俺のことを気にかけてくれるようになったんだ。
そうだ。雄飛はただ単に心配してくれているんだ。
そんな雄飛に感謝しなくちゃならないのに、俺はそれを邪険にしてしまう。やっぱり変わらなくちゃならないのは、自分の方だ。
「いつも本当にありがとう、雄飛」
「なんだよ、改まって」
「なんか言いたくなって。……俺、ちゃんと大丈夫だから」
「……そうか」
重苦しい空気から一変、雄飛は困った顔をしながらも口元に笑みを浮かべてくれたのでホッとした。
俺も同じように金平糖の包みを開けて、黄色を一粒、口に運ぶ。甘いそれはすぐに舌の上で溶けて、なくなってしまった。
予鈴が鳴ったので、そろそろ行こうと立ち上がる。
スリッパを履き直していると、雄飛は振り返り、ふっと唇の端を上げた。
「して」
今、ここで? と戸惑った。
ハグの場所は決まってどちらかの家でだった。
いくら屋上とはいえ、校舎の一角からは見えるようになっている。誰かに見られたらそれこそ、変な噂が立ちそうなものだ。
「大丈夫だって。誰も見てないから」
やっぱり逆らい難いニュアンスで言われたので、戸惑いつつも背中に手を回し、きゅっと抱きしめた。
カウントをしながらも、意識は遠くにあった。
実はこれを、足立ともしたと知ったら、雄飛はどう思うのだろう。考えたところで分からなかった。
7秒が過ぎ、顔を上げたら鼻の先が当たる距離に雄飛の顔があった。
──キスを、される。
唇が近寄ってきた瞬間、俺は咄嗟に顔を伏せていた。
それに驚いたのは自分だけじゃなく、雄飛もだったようで、目を見開いたまま固まっている。
今、自分でも無意識のうちにキスを拒んだ。
そんなつもりじゃなかったのに。
「やっぱダメだよ、ここ学校だし」
俺は咄嗟に笑って、言い訳をした。
それも本当だけど、実際はそれ以上の理由があるのに気付いた。
雄飛も笑顔になって体を離す。
「もうすぐ中間テストだな。今日から部活も休みになるから、俺ん家で一緒に勉強しようぜ」
「うん」
互いにニコリとし、屋上を後にした。
キス、出来なかった。
足立の顔が頭に浮かんだから、雄飛の唇を受け入れられなかった。ここで馬鹿な俺は初めて、事の重大さに気付いた。
キスって、好きな人とじゃないとしたくないものなんだ。
なら雄飛は、どうして俺とずっとキスをするの。
今まで俺はどうして、それを受け入れてきたの。
ルーズリーフにペンで自分の思いを吐き出していく。頭がこんがらがった時、こうして手を動かして文字に書き起こしていくと整理されるからよくやるのだけど……。
足立、雄飛、ハグ、キス。
過保護、友情、憧れ。
いろんな風に書いてみる。
俺は今まで、大変なことをしてきたんじゃないかと、冷や汗が出た。
ポケットに忍ばせていた金平糖を、1粒口に含んだ。
今度はすぐには溶けなくて、砂のようにざらっとした甘さがいつまでも舌の上に残っていた。
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