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第10話 追想
雄飛の家に来たのは久しぶりだった。
玄関まで来てくれたおばさんに挨拶をして、部屋に上がらせてもらう。
「俺、適当に飲み物とか持ってくるから」
雄飛が部屋を出ていったのと同時に、子供の頃からあまり変わっていない部屋の物を見渡す。
壁には中学のハンドボール部で使っていた、少し皺がついたユニフォームがかかっている。机も本棚も所々傷が付いていて、漫画や雑誌が乱雑に置かれていた。
雄飛は少々大雑把な部分がある。
自分から部屋に誘っておいてこんなに汚いなんて、昔からの親友に、今更取り繕う気はないのだろう。
壁のユニフォームTシャツを見ながら、初めて雄飛としたキスのことを思い出していた。
あの時、部内の人間関係が原因で部活を辞めたいと言い出した後輩のことを気にかけた雄飛が、チームメイトを集めて話し合いをすることにしたんだ。
結局、話し合いも虚しく、その人は部活を辞めてしまった。
その人は帰り際、話し合いする場を設けた雄飛に向かって、時間の無駄でした、と言った。
周りの人間も同じだった。
無意味な集会のせいで貴重な練習時間を削られ、部内を不穏な空気にさせたのは雄飛のせいだと、影で言いたい放題言われてしまったのだった。
誰よりも人の気持ちに敏感で一生懸命だったのにそんな仕打ちを受けて、不憫で可哀想だと思ったのは否定できない。
だから、俺はキスをしたのか?
じゃあ、その後からのキスは? この前も俺はどうしてすんなり、雄飛のキスを受け入れたんだろう。
俺はそこで思考を停止した。できれば答えを出さずに逃げ続けたい案件だった。
人は変化を恐れる生き物だ。現状維持をしていれば、怖い思いをしなくて済む。
ドアの向こうで、おばさんと雄飛の笑い声が聞こえた。
おばさんが、クッキーとかケーキを焼いたみたいだ。家に入った瞬間、甘くていい香りがしたから。
雄飛が来るまで、机の上を片付けてあげることにする。
積み重なったノートや教科書はきちんと端をそろえて立てて置き、転がっていたペンを缶のペン立てへ戻していく。だけどペン立ての大きさに対してペンの数が多く、すぐに入り切らなくなってしまった。
ペン立てを横に倒し、中身を全て出した。
するとペンやハサミに混じって、缶の底からミサンガが出てきた。
(懐かしい……これ、みんな付けてたなぁ)
うちの小学校で一時期大流行し、手作りをしたり買ってもらったりして、みんな手首や足首に付けていた。糸が切れると願いが叶うと言われていたが、自然に切れた人はあまりいなかったんじゃないかと思う。
赤と青の刺繍糸で編まれているこれは、俺の母が編んで雄飛に渡したものだ。
俺はとっくの昔に無くしたのに、まだ取っていたなんて…と微笑ましくなる。いや、たぶんここにあることに気付いていないだろう。きっと数年間、ずっと入れっぱなしだ。
手の平に乗せてじっと見つめていると、何故か肌がざわつくような、不思議な感覚になった。
なんだろう。昔、このミサンガを巡って何かがあった気がする。
何があったのか、なぜこんなものが登場するのか全く分からないのに、どうしても目が離せない。
雄飛がこれを、手首に付けていた記憶はある。
だが記憶が途切れ途切れで、曖昧だ。
雄飛はいつまで、これをしていた?
それでいつから、これをしなくなった?
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