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第13話 後悔

 雄飛はしばらく黙り込んだあと 「ふぅん。そっか」  すんなり納得してくれたみたいで、少し拍子抜けした。  なんだ、こんなに簡単なことだったのか。  こんなことならもっと早くに言ってしまえば良かったのに。  落としたカバンを拾い、部屋から出ようとした時、しかし思いもよらぬことを耳元で(ささや)かれた。 「散々してきたっていうのに、今更そういうこと言うんだ」  声も出せないほど打ちのめされた。  確かに今更だ。  雄飛の本心を知りたくないから、見たくないから、されるがままになって今までずっと向き合わずに逃げてきた。  雄飛が俺を責めるのも無理はない。  これまで逃げてきた自分に対しての怒りと後悔が渦巻いて体を襲う。  でも、だって。  子供みたいな言い訳しか思いつかない。  口を噤んでいる俺に追い打ちをかけるように、雄飛は少し楽しげな声で言った。   「俺たちがずっとこういうことしてたって知ったら、どう思うかな、そいつ」  試すようなその言い方に、カッと顔が熱くなった。  雄飛は悪戯っぽい笑みを浮かべているので泣きそうになってくる。  ──萩原とは、本当に仲がいいんだね。  足立が本当のことを知ったら。  今みたいに、仲良く話してもらえる気がしない。  それどころか、嫌悪の眼差しを向けてくるに決まっている。  嫌われたくない。知られたくない。  足立にだけは、絶対に。 「言わないで」  懇願すれば、必死な声に可笑しくなったのか、雄飛はクスクス笑いながら俺の頭を撫でてくる。  乱れた髪を整えるように、手ぐしで俺の髪を梳いている。 「やっぱいるんじゃん」 「……」 「足立だろ。悪いけどバレバレだから」  肯定も否定も出来ずに、視線を床に落とすしかなかった。  さっきの威勢はどこへやら、今度は自分でもビックリするくらいに弱々しいかすれ声しか出なかった。   「……お願いだから」 「分かってるよ。ちょっとからかっただけ。そんな顔させるつもりじゃなかった。近くまで送るから」  その後、雄飛は気を遣って話しかけてくれていたけど、何を話したかは覚えていない。  ゆらゆらとおぼつかない足取りで帰宅して、気付けば自分の部屋にいて、はくぶつかんのよるを眺めていた。  大丈夫。雄飛が足立にわざわざ言うわけない。ただ面白がって脅してきただけだ。  深刻に考えない方がいい。深いキスだって、雄飛にとっては単なるアソビなのだ。  今までしてきたことは変えられないけど、未来は変えられる。  指先で、自分の下唇をなぞってみる。  雄飛との深いキスは官能的だった。  そのシーンが頭を少し掠めただけで胸の奥がジンと痺れて、熱がボコボコと沸騰し始める感覚になった。   「……っ」  鏡で見なくても分かる。いま自分は、ものすごく潤んだ瞳と赤い顔をしている。  恥ずかしくて情けなかった。  雄飛に深いキスをされながら、もし足立とキスをしたら、これよりももっと気持ちいいのかな、なんて頭の隅で呑気に考えていたのだ。  いたたまれなくて、本を閉じてベッドに入り、タオルケットを頭からかぶる。  足立と手紙のやり取りをした時に、頬を膨らませたら笑ってくれたことが遥か昔のことのように思えた。

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