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第2話 映画

 足立はたまに、無垢な子供みたいに無邪気な顔を見せる時がある。  前に『学校でもそんな顔しなよ』と笑っている俺に言ってきたが、そっくりそのままお返ししたいと思う。学校での足立はもっと冷静沈着で、落ち着いた表情をしている。  上映開始時間になり、館内の照明が落ちていく。  非常口の明かりは付いているはずだが、広い空間だからここからじゃ見えにくい。  一瞬にして目の前が暗闇に包まれて、ちょっとだけ心拍数が上がった。誤魔化すように、拳を作ってぎゅっと握る。  すると、足立の手が急に覆いかぶさってきたので、ぶわ、と肌が粟立った。  自分の動揺をよそに、足立の唇は暗闇の中で緩やかに弧を描いている。  映画が始まったのと同時にさり気なく手を離したが、ようやく吐き出された自分の息が熱かった。  原作では最後の方だったのに、はじめの30分でもう2人はくっついてしまったので少し拍子抜けする。  ここからどう展開していくのかと見入っていたら、土砂降りの雨の中を主人公が歩くシーンに切り替わり、雷が鳴ってしまった。  与えてくれたからこそ、自分も与えてあげたくなるものだ。  えい、と勢いよく手を伸ばして、足立の右手をぎゅっと握る。ふと息を飲んだ気配を感じたけど、向こうから5本の指と指を絡ませ、しっかりと握りこんできた。  力強さはないけれど、俺の小さな手を暖かく包み込んでいる、優しい感触だった。  心のやわらかい部分にもそっと触れられた気がして、俺は全然哀しくないのに、ほんの少しだけ、涙が出そうになった。  そんなことがあったので、そのあとはほとんど上の空で観る羽目になり……途中どうしてヒロインが泣いていたのか理由が分からぬまま、映画は終了してしまった。  映画館から出ると、足立の口から衝撃発言が飛び出す。 「実際の雷じゃなかったら、怖くはないんだ」  あれ、そうだったんだ。  ということは、自分が意を決して手を握ったのはほぼ無意味な行為だったという訳だ。  そういうことは早めに言って欲しい。  俺がどれだけ恥ずかしかったか。 「でも嬉しかったよ。ありがとう」 「……こちらこそ」  じゃあ足立は、どうしてあんなに優しく手を握り返してきたんだろう。  康二さんと付き合っているくせに。  俺は足立に触れるたび、心臓が破裂しそうなのに足立は平気な顔をしているのは面白くない。  とにかくこれ以上好きにならないように、しっかりと自制した。    話には聞いていたけど、足立の家は想像していたより大きかった。  どこからどう見ても相当な富裕層の白亜の豪邸で、庶民の俺は少々尻込みしてしまう。  満開の百日紅(さるすべり)の横をすり抜けて玄関ポーチへたどり着く。その場所を見ると胸がギュッと痛くなった。  子供のころ、雷雨の中ここに立って、空を見つめていた足立。 「ここで、足立が……」 「ん、何?」 「ううん、何でもない」  思いを馳せてしまい、ちょっと切なくなりながら俺はかぶりを振った。

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