49 / 94

第7話 足枷

「どうして康二も思い出すの? 俺だけ思い出してよ」  駄々をこねる子供みたいな声を出されて少し驚いた。  軽く笑い「うん、じゃあそうする」とだけ伝えると、足立は納得いかないように鼻の頭をかいていた。何か言いづらいことでもあるようだ。だが足立は結局、話題を変えた。   「何か面白い本でもあった? もし気に入ったのがあれば、持ってってもいいよ。どうせ無くなったところで気付く訳ないし」 「勝手にそんなのダメでしょ! 気に入ったのはまぁ、たくさんあったけどさ……」  足立はたまに、突拍子もないことを言い出すのでギョッとしてしまう。  曲がったことは絶対に許さないって言いそうな顔をしているのに、意外と緩い部分がたくさんある。 「本当に大丈夫なのに。ちゃんと開いてもらえた方が本だって嬉しいだろうし」 「そうかもしれないけど……そういえば、俺が気に入ってる絵本が置いてあって、嬉しくなった」 「そうなの? なんてタイトル?」 「はくぶつかんのよる」 「……!」  足立はなぜか息を飲んだ。  ほんの一瞬、妙な緊張感が(ただよ)う。  まずいことを言っただろうかと不安になるが、次の瞬間にはその顔が綻んでいくのを目の当たりにして安堵した。 「史緒もあの絵本読んでたの? あれ、子供の頃からずっと好きで、未だに読んでるよ」 「足立も? 俺もすごく好きでよく読んでる。雄飛も同じのを持ってるよ」 「……へぇ、萩原も」  さっきの生き生きとした表情はどこへやら、どこか冷静に声を出した足立はまた、鼻の頭をかいた。  何か言いたげではあるが何も言わないので、俺は唇を動かした。 「あれを読むと幸せな気分になれるんだよね。蝶々が目を覚まして飛び回るシーンとか好きだな。読む時は、暗闇は怖いものじゃないって暗示しながら電気を消してみるんだ。だけどすぐに耐えられなくなっちゃって」 「萩原と、ずっと仲が良いんだね」  絵本のきらびやかな世界に入り込んでいた頭は、その一言で現実に戻され、胸に鉛を入れられた気分になる。  この間、雄飛とキスをした。  今までにない、もっとずっと深いキス。 『はくぶつかんのよる』に出てくる蝶々は、自由自在に飛び回っているけど、俺は雄飛によって足枷(あしかせ)をされ、自由に飛び回ることはできない。一見、自由なように見えて自由ではない。  こうして足立と遊ぶことについては反対されなかったが、曖昧な関係をいつバラされてもおかしくない。  俺は笑いながらも、頭の隅ではずっと何かにおびえ、足立と雄飛の隣にいる羽目になるのだ。 「まぁ、雄飛はもうとっくに、捨てちゃってるかもしれないけどね」  気持ちを切り替えて笑う。  雄飛の部屋に行っても絵本はどこにも見当たらないし、話題にも上がらないから、きっともう手元には置いてないのだろう。   「はくぶつかんのよるを読みながら、暗闇を克服しようとしてるの?」  足立は雄飛のことには触れずに唐突に言うので頷くと、思いもよらぬことを提案された。 「それ、手伝おうか?」 「何を?」 「史緒が少しでも、暗闇を克服したいって思ってるんだったら」 「へ? あ……手伝うって、どうやって?」 「暗闇に1人でいるのは怖いんだろ? 2人だったらどう?」 「2人……」  どう、なのだろうか。  母とはもちろん部屋は別だし、雄飛とも暗闇に2人きりになったことはない。  分からない、と正直に言えば、足立は立ち上がって開け放していたカーテンを閉めた。 「これからやってみようか、ここで」

ともだちにシェアしよう!