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第10話 逡巡

 妙に重く濃い空気感になる。  てっきり足立は、雄飛のことは敵視していないと思っていた。さっきは、雄飛とずっと仲良しだねと明るく言ってくれたのに。  いつも一緒にいたので、過去を話す時は必然的に雄飛の名前が出てきてしまう。だが雄飛雄飛と、流石にしつこかったのかもしれない。  謝るべきなんだろうか。  それとも、もっと別の何かが気に入らなくて──  心配事が急に大きくなって、ますます居心地が悪くなってくる。  もし雄飛に、俺としてきたことをバラされていたとしたら。  足立は、知らないをしているんじゃないか。  心の中では、親友とそんなことをしてきた俺を軽蔑しているんじゃないか。  1度気になってしまうと、いてもたってもいられなくなる。  繋いでいる手を、今すぐ振り払いたくなってしまった。あんなに温もりのあった手が、氷を握らされたみたいにすっと冷えていく感覚。 「じゃあ、次の質問ね」  明るい声が聞こえて、俺は胸を撫で下ろした。  心配は杞憂だったようだ。やっぱり、雄飛がわざわざ言うわけない。 「萩原と仲良くなって良かったなって思うことは?」  緊張と弛緩(しかん)、希望と絶望といった両極のものが押し寄せ、どうしていいのか分からなくなる。   「違う、話にしない?」 「どうして? 気になるのに」 「……なんで、そんなこと訊くの?」 「話したくないんだったら質問を変えようか。じゃあ、萩原と行って1番楽しかった場所は? そこでどんなことをして、どんな話をしたのか覚えてる?」  足立の声色が変わり始めた。  冷静な口調だけど、明らかに苛立ちを含んでいるというのは顔を見なくても分かった。  不安が募り、手に力がこもる。  動揺を悟られぬよう、俺はわざと声に出して笑った。 「なんか怒ってる? 俺が、雄飛の名前ばかり出したから?」 「怒ってないよ」  嘘だ。俺に、冷たい眼差しを送っているくせに。  暗闇の中では、どうしても考え方を陽にはできない。ますます不安な気持ちになってくる。 「……雄飛と行って、楽しかった場所? どこ、かな……」  平然を装うと、余計に声が震える。  どの場所だろう。分からない。そんなことより、足立に機嫌を直して欲しい。  謝ろうか。けれど、怒っていないと本人は言っているのだから謝れない。  ──俺たちがずっとこういうことをしてたって知ったら……  雄飛の声が聞こえた気がして、静かに体が震え始める。縋りたいのに縋れない。徐々に追い詰められ、逃げ道がなくなっていく。  ここからずっと、出られなくなったらどうしよう。怖くてたまらなくなった。 「怖い、怖いっ……助けて」  切羽詰まった声を出せば、足立はすぐに布団を剥いでくれた。だが暗闇から解放された俺の目に映ったのは、漆黒の闇だった。  まだだ。まだ俺は逃げられていない。もがき苦しみ、完全にパニックに(おちい)ってしまう。   「嫌だ……っ、怖いよ足立、助けて」  闇雲に手を伸ばすと、手首をつかまれ、引っ張られた。  肩口に顔を押し付けられ、反動で溜まっていた涙が周りに弾け落ちる。そして足立の頭が傾いて──唇が、合わせられた。  唇が触れている間、あまりにも突然の出来事にただただ驚いて、目を見開いていた。

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