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第11話 快楽
軽く触れられるだけのキスだった。
けれど勢いよくくっつけたからか、唇がめくれて濡らされた感触があった。そのほんの少しの潤いだけで、体全体に快感が走った。
目の前で薄く息を吐かれて、濡れた唇がひんやりと冷える。
「ごめん。史緒、怖がらせてごめん、もう大丈夫だから」
足立は自分の体の中に俺を取り込もうとするみたいに、きつく抱きしめてくる。
俺は未だ呆然としていた。
足立は何をしているんだろう。俺はどうしてハグをされているの。
しばらくしたら腕の力が緩まり、体を離される。
その代わり、また足立の唇が降ってきた。
今度は触れるだけのキスとは違った。
ほんの少し開かれた唇の隙間から、足立の艶 めかしい舌が潜り込んでくる。舌先で歯列を割られると、自然と自分の舌先と絡まり合ってしまう。
たどたどしい、といった表現がぴったりだと思った。中の粘膜を擦りあげられ、上顎の裏や舌の真ん中らへんを恐る恐る探っているといった動きをされると、甘い痺 れが全身を伝って体がひくんと震えた。
「ん……っあ」
息苦しくて顎を引いた瞬間に官能的な声も一緒に漏れてしまい、頭が沸騰した。
視覚が奪われているせいで、その動きや卑猥な音に余計に敏感になってしまう。
ジンジンと胸の奥とあられもない箇所が痛みだしたが、腰が動きそうになるのを必死で耐えた。
足立の熱い舌で口内を犯されているのは自分だと思うとぞくぞくした。何もすることが出来ずに、ただ成されるがままになる。
だがふと冷静さを取り戻すと、波がサッと引く瞬間が訪れて、ふつふつと哀しみと怒りが混み上がってくる。
目の前の胸をドンと押し、その手の中から逃れた。
「どうしてこんなことするのっ?」
──好きな人が、いるくせに。
ずっと足立を想ってくれている人がいるくせに、どうして俺にキスなんて。
まだ霞みがかっているように朧気 だが、足立の表情が認識できた。哀しいような、戸惑った表情をしながら俺のことを見つめている。
俺はどうしようもなく、ポロポロと涙をこぼしながら声を出した。だけどそれは、自分でも驚くくらいに弱々しく、今にも消えてしまいそうな声だった。
「足立は、こんなことしないと思ってた」
足立も雄飛と同じだ。
友達なのに、こうして平気で唇をくっつけて、こんなの何でもない、大したことないって顔をしてる。
雄飛のことも、足立のことも分からない。
ベッドから降り、部屋を出ていこうとしたら腕を掴まれた。
「待って史緒。いきなりごめん、俺の話を聞いて」
「聞かない、聞きたくない。もう帰る」
「少し落ち着いて」
逃げようと必死だった。掴まれている腕を思い切り振ると、体がよろけてスタンドシェルフの角におでこをぶつけてしまい、中に入っていた本が何冊か、バサバサと床に落ちる。
皮膚の薄いところが、ズキズキと痛んだ。
「大丈夫?!」
「ん……だい、じょうぶ……」
痛みのせいで、荒ぶっていた気持ちが冷静になった。足立は心配そうに、俺の顔を覗き込んでくる。
ぶつけた箇所を手で押さえて、痛みが引くのを待った。
「俺、下から冷やすもの持ってくるよ」
いらない、との意味を込めてかぶりを振った。
そんなの持ってこられたら、俺は足立から逃げられない。すぐにでもこの部屋を出ていきたい。痛みを逃すために、じっと佇んで目を閉じた。
そこで、ふと思い出す。
少し手をずらせば、指先が左のこめかみの小さな傷に触れた。
俺は顔を上げ、もうすっかり順応した瞳で足立を見つめた。
「なんで顔に傷があるって分かったの?」
「え?」
「俺、言わなかったよね? 隠せるとは言ったけど、怪我した箇所までは」
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