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第6話 綺麗
「本当に由井さんなの? 全然、違う人に見える……」
「まぁ、加工入ってるからね。実物と違いすぎて、詐欺だって思うでしょ」
「ううんっ、そうじゃないよ。凄いよ由井さん! すっごく綺麗!」
衣装を身に纏う由井さんの表情も動きも生き生きとしている。
可愛い。なんのキャラクターのコスプレなのか分からないのが多数だけど、そのキャラクターの声が聴こえてきそうな気さえした。
「ま、まさか花巻に、そんな風に言われるだなんて」
由井さんは顔を火照らせて、クリームソーダのアイスをスプーンでつついて崩している。
そんな照れた顔もはじめて見た。もっと褒めちぎってやろうかと思ったが、由井さんはすぐに口元を引き締めた。
「自分で衣装作って着るっていうのが好きで、小学生の頃からSNSにあげてるんだけど、やってるとどうしても、キモイだとかイタイだとか草いっぱい付けて、批判的なコメントしてくる奴がいるのよ。たまにそういうのされると、結構凹むワケ」
「あぁ、なるほど……」
その気持ちはよく分かる。
俺もそうやって叩かれるのが怖くて、自分の作品をネットに上げられないのだ。
「だからもう辞めちゃおうかなって何度も思ったんだけど、足立はさ、自分がどうしたいのかっていうのを1番に考えろって言ってくれたの。今までの彼氏は、面倒臭そうに『そんなオタ活、嫌なら早く辞めちまえ』って。私の気持ちなんて真剣に考えてない人ばっかりで」
「え、今までのって、これまでそんなに多くの男の人とお付き合いを……」
「多くないよ。両手で収まるんだから」
7、と大したことないという顔で言われて驚愕する。指が1本も上がらなくて恥ずかしくなる自分に構わず、由井さんは続ける。
「足立が言ってくれなかったら、もう辞めてたかもしれない。私、感謝してるんだよね。だから足立に『年上の男性の恋人がいるみたいだ』って噂が立った時、どうにかしなくちゃって思ったんだ。だから花巻にも、結構威圧的な態度で物申しちゃったけど……」
そういう背景があったのかと納得がいった。
噂どおり、足立には年上の恋人がいるが、学校中に知られたら足立も肩身が狭いだろう。
由井さんも俺と同じように、足立に励まされていたことを知れて嬉しくなった。
「俺もね、足立が優しく叱ってくれたんだ。周りじゃなくて、自分がどうしたいのかを尺度にしろって。それから俺、結構前向きに生きれてる気がして」
昔の俺だったら、こうして由井さんと話そうだなんて思わないだろう。苦手だし、どうせ嫌われてるんだしと何かと理由を付けて、逃げていたに違いない。
「生きれてるって、何か盛大だね」
「でも本当のことだよ。俺も趣味のことで背中を押されたんだ。まだ、実行に移せてないんだけど……」
ほとんど無意識に口にしていたことにふと気付く。
そして由井さんの興味津々な丸い瞳にうぅっとなり、唇を噛む。趣味ってなによ、と顔に書いてある。
先に与えてくれなかったら、与えようと思わなかっただろう。
おずおずと自分のスマホを取り出して、作文アプリを開いて見せた。
ズラっと並んだ作品のタイトルを目で追っている由井さんに、それらは自分が書いたのだと伝えると、ビックリ仰天という言葉通りに、目を丸くしていた。
「マジ?! これ全部書いたの? 天才じゃん花巻!」
とんでもない評価に手と頭をブンブンと振り、これらをネットに上げるように言われているのだと告げると、由井さんも「そうだよそうだよ!」と足立のその意見に力強く賛同した。
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