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第7話 鮮明

「せっかくこんなに書いてるのにもったいないじゃん。早くアップしなよ」 「いや、うーん……」  身を乗り出してまで熱く勧めてくる相手を目の前にしても、俺の決断力は未だ動かせない。  苦い顔をする俺が理解出来ないというように、由井さんは首を傾げた。 「これさ、1人で書いてて楽しいの?」 「楽しいよ。誰にも迷惑かけないし、何かを言われる心配も無いし」 「それって裏を返せば何も成長しないってことじゃない? 応援してもらえたら気持ちのモチベーションアップにも繋がってもっと頑張ろうって思えるよ?」 「それは由井さんの場合でしょ? 由井さんは可愛いし需要があるから……」 「あんたの作品だって需要があると思うけど」 「な、ないよ、こんな冴えない高校生が趣味で書いた恋愛小説なんて」  ネガティブ思考をここぞとばかりに発揮する。  足立がこの場にいたら、「イラつく」と即答されていただろう。  どうにかして川の流れを堰き止めている頑固な石を退かしたい由井さんは、最後のひと押しをしてきた。 「生きる世界をもっと広げると、同じ物が好きな人とか、別の価値観で物事を見る人ともたくさん出会えて、成長できるのに」 「……」  なんだかものすごく、心に響いた言葉だった。  今の今まで周囲を覆っていた暗闇が、まるでカーテンを開け放ったように消えて、視界が一気にクリアになった気がした。 「例えばだけど、誰か1人でもあんたの考えた話の続きを楽しみにしていますって言ってきたら、その人の為にもっと頑張ろうって思わない?」 「うん。それは思う……」 「ほら。人って、利己よりも利他で動く方が幸福感を感じやすい生き物なのよ。始める前から需要無いなんて決めつけてないで、やってみればいいんだよ」  全てはほんの小さなきっかけなのだ。  こうして由井さんと話せているのも、足立を好きになれたのも。  怖いけど、自分の世界に閉じこもらず心を開いて話してみようと思わなかったら、どちらともろくに関わることなく卒業していただろう。  ジュースを飲み終えた彼女ははニヤリと笑う。俺の顔を見て手応えを感じたらしい。 「まぁ分かるよ。私だって初めてアップする時、緊張で手が震えちゃったもん。でもあの時勇気を出して良かったって思ってる。今すっごく楽しいよ、趣味のお陰で世界中の人達と繋がれてるんだから」  本当に楽しいんだろうなというのは、ニッと笑う由井さんの表情を見ればすぐに分かった。  怖いけれど、踏み出してみようかと思えた。 「じゃあ、やって、みようかな……アンチが来たら立ち直れなさそうだけど」 「ていうか、アンチが来るほど人気が出ると思ってんの?」 「えっ」  いきなり辛辣な言葉を浴びせられて涙目になると、「ジョーダンだよ」と不敵に笑われた。 「それに、私は読みたいって思ってるんだから既に需要あんじゃん」 「由井さん……」 「そのアプリ入れれば読めるんでしょ」 「今、由井さんのことを好きになりかけた」 「えっ? い、いきなり何言ってんのよ」 「でもごめん、俺、他に好きな人がいるから」 「なんで私が振られたみたいになってんのよ!」  腹立つわ、と言いながらアプリをダウンロードして、ついでに自分とも連絡先を交換し、SNSのアカウントも相互フォローした。  由井さんありがとうと、帰り際まで何度も言う俺を「しつこい」と一喝して、彼女は別れ際に思い出したように言った。 「足立にもちゃんと感謝しときなよ。そうやって、花巻の人生を良い方向へ持ってこうとしてくれてるんだから」 「うん……そうだね」  足立にはまず、なんて謝ればいいのだろう。  由井さんに相談したくても出来なかった。  これは自分で解決策を見出さなくてはならない。 「何、その微妙な反応。安心してよ、花巻が足立とどんなに仲良くしてようが、もう何も言わないから」 「ふふ、ありがとう。上履きももう、濡らされたくないからね」 「……何? 上履き?」  口角を上げたまま首を傾げる由井さんは、じっと俺の目を覗き込んでくる。

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