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第9話 電話

 帰り際『誰か心当たりがあるの?』と不思議そうに見つめてきた由井さんに、立ち尽くす俺は何も言えなくなってしまった。  煮え切らない態度の俺に、彼女は嘆息を漏らした。 『そいつに直接訊いてみればいいだけじゃん。そうしないとあんたも気持ち悪いでしょ。違ったら、疑ったことを素直に謝ればいいんだから』  やっぱりこんなのはどうってことないって顔をしていた。  簡単に言うけど、俺にとっては難しい問題だ。  俺は足立とも、きちんと向き合わなくちゃならないのだ。  眠っていたい。ずっと、目や耳を塞いでいたかった。  夏休みが永遠に続けばいいのにな、と思いながら、夕飯の準備の為にキッチンへ向かった。  その後も、俺は逃げ続けた。  夏休みが終われば嫌でも顔を合わせるのに、ほんの少しの時間稼ぎなんて意味無いのに逃げるしかなかった。  幸いというべきか、夏休み中の彼は部活に精を出しているので顔を合わせない。  由井さんと会ってから3日も過ぎると、何も知らないフリをするのが1番なんじゃないかと、自分を納得させていた。    口にしない方がいいことなんてこの世に沢山ある。口にして信頼関係が一瞬にして崩れ去るのは嫌だった。  だが夏休み終了まであと2日という日、俺は思いもよらぬ形で雄飛と会う羽目になってしまった。  きっかけは、雄飛のお母さんから電話が掛かってきたことだった。 『史緒くんの顔、最近見てないけど元気? 遠慮せずにご飯だけ食べに来てもいいんだからね』 「あ……あぁ、はい……」  歯切れ悪く返事をすると、おばさんは笑いながらも少ししょげた声を出した。 『雄飛、昨日と今日、部活休んだのよ。聞いた?』 「え、休んだって、風邪でも引いたんですか?」 『まぁそうね。体のっていうより、心の風邪って感じ』 「え……」  心の風邪。その言い方ですぐに察しがついた。  中2の頃、部内でいろいろとあって雄飛が悩んでまいってしまった時も、おばさんはそういう言い方をしていた。史緒くん、ちょっと話聞いて、慰めてやってよ──あの時そうやってお願いされた。 『何かあったみたいなんだけど、何にも言わないの。史緒くんなら分かるでしょう? あの子の性格』 「そうですね……」  雄飛は基本的に明るくて活発だけど、自分の弱みはなるべく人に晒さず、隠す性格だ。何か問題があったとしても、どうにか1人で解決しようとする。  本当はあまり強くないくせに。 『今日は手巻き寿司にするから、史緒くんもどうかなと思って……ちょっとだけ話、聞いてあげて欲しいのよね。もちろん、史緒くんが面倒だったらハッキリ断ってくれていいから』  行きます、と即答した。事情が事情なので、今までのモヤモヤな感情は抜きにして会いにいくことにした。  電話を切った俺は母親に連絡を入れて、雄飛の家へ向かった。

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