64 / 94
第10話 芝居
「あ、史緒久しぶり。髪切ったんだ?」
笑顔で扉を開けてくれた雄飛と目が合った俺は拍子抜けした。
少しくらい落ち込んだ表情で出てくるのかと思ってたけど、いつも通りなのでホッとする。
「うん……えっと、おばさんに誘われて」
「あぁ、手巻き寿司な。上がれよ」
家から持ってきた手土産を渡して部屋に上がった。
キッチンに行くと、おばさんは寿司桶に入れたご飯をしゃもじでかき混ぜているところだった。「史緒くん、いらっしゃい」と明るく声を掛けられる。様子を伺うように上目遣いでぺこりと頭を下げれば、ありがと、とでも言っているような表情でもう1度微笑まれた。
「えっ、具材こんなにあんのかよ。3人で食いきれんの?」
テーブルに並べられた具材を見た雄飛は苦笑する。
大皿の上に、まぐろやイカやサーモンといったお馴染みのネタはもちろん、イクラやアボカド、焼き肉やウナギの蒲焼きまでのっている。これだけで4人前は軽くあるだろうが、具はまだまだ増えるみたいだった。
「あんたは錦糸卵作って。史緒くんはこれ混ぜて、ツナマヨ作ってくれる?」
「あ、はい」
「錦糸卵ってどうやって作んの?」
「そんなことも知らないの? 卵を薄ーく焼けばいいのよ」
「だから、どうやって薄くすんだって」
フライパンをまともに持ったこともなさそうな雄飛に、おばさんは丁寧に作り方を教えていく。
火の加減が難しいらしく、1枚目は炭の塊みたいな卵焼きが出来てしまった。「ダメじゃん」と声に出して笑う雄飛を見た俺は、ほんの少し違和感を感じた。
(なんか、無理して笑っているみたい……)
本当の気持ちを知られまいと、わざと取り繕っている気がする。
普段、明るく活発な人は落ち込んだ時の落差が顕著に出てしまう。
こんなに繊細な心の持ち主が、俺の上履きにいたずらなどするだろうかと、にわかに信じ難かった。
シソやレタス、キュウリなども並べ終えるとようやく完成した。
たぶん、6人前くらいはある。
いくら雄飛の好物だからといって作りすぎだ。
(あぁそうか……手巻き寿司は雄飛の好物だ)
おばさんは何も聞かない代わりに、こうしてご馳走を作ろうと思ったのだろう。そういう気遣いや優しさもあるのだと、胸がじわりと暖かくなった。
食卓は和やかだった。
どんどん食べて、と勧められるがままに海苔巻きにしていくけど、5回くらい巻いたところで満腹になってしまった。
食べ終わって、片付けを手伝おうとしたが、持っていた空き皿をおばさんに奪われてしまった。
「いいからいいから。部屋でゆっくりしてきて」
俺に託されているのだと思うと少し緊張する。
お皿を渡して雄飛と部屋にいき、絨毯の上に腰を下ろした。
「慰めてやってくれ、とか言われた?」
あぐらをかいて、頬杖を付きながら雄飛は試すように俺を覗き込んでくる。
きっと、俺が来た瞬間から母親の思惑にとっくに気付いていたのだ。
「……部活、休んだって聞いた」
「うん」
「何かあったの?」
「別に、大したことじゃねぇよ。なんか面倒になって休んでるだけ」
大したことだから、休んでいるのでは。
心の中を読まれたみたいに、にっこりされた。
「お盆明けからは元々自主練みたいなもんだったし、新学期になったらちゃんと行くから」
「大したことじゃなくても、話せばスッキリするかもよ」
語尾に被せるように言うと、雄飛はクスクスと笑った。
「ていうかお前、よく来たよな。あんな風に俺に言われて嫌だったはずなのに」
キスの脅し、のことだろうか。
確かにそれもあるし、上履きのこともあったからできれば会いたくなかったのは事実だ。
だけど今は、少し泣きそうになっている雄飛を見過ごす訳にはいかなかった。
ともだちにシェアしよう!