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第14話 捏造

「雄飛じゃないよ。だってあんなのするわけない。雄飛は、してないよね」  答えを聞けない代わりに、自分でそう言い聞かせるように結論づけていた。 「してないよ、雄飛は。そもそも俺が悪いんだ、足立と仲良くしたら嫌だって思う人はたくさんいたのに、俺が出しゃばったから」  きっと雄飛は犯人を知っていて、その人を(かば)っているんだ。  だから自分だっていうことにして── 「あの時も、お前はそう言ってた」  いつの間にか体を離していた雄飛は俺の肩に手を置き、慌てる自分を真っ直ぐに見つめてくる。 「あの時って、いつ?」 「いいよ、しらばっくれなくて。もうとっくに気付いてるんだろ」 「な、何が? 俺、本当に何のことか分からないよ」 「そうやってあの時も、俺が悪いからダメなんだって、ずっと繰り返してた。雄飛はって」  言いながら、雄飛はベッドを降りて机の前に立ち、置いてあった缶のペン立てを持って中身を床にばらまいた。絨毯の上に、ペンや鉛筆に混ざってミサンガが落ちてきた。 「これを見た時、思い出したんだろ」  目の前にそれを差し出されでも、何のことか分からなかった。  確かにこの間、これを巡って何かがあった気がすると思ったが、答えは出なかったし、今だってそうだ。  眉根を寄せてかぶりを振る俺を見て、雄飛は困り顔で笑った。 「上履きに水かけたのは俺。それで……お前にトラウマを植え付けたのも、俺」 「…………え?」 「ロッカーに閉じ込めた犯人は俺だよ」  何を言われているのか、本気で分からなかった。ミサンガを手に持たされたので、ただじっとそれを見る。 「史緒はロッカーに閉じ込められる直前、俺の手首に付いていたこれを見たから、俺がやったって気付いてたんだ。でもお前をロッカーから出した時、雄飛じゃないってずっと言ってた」 「嘘。そんなはずないよ。俺本当に……」 「他の誰かにやられたって思い込むようにしたんだ。捏造したんだよ、自分の記憶を。あれからたまに、俺とお前の記憶が一致しない時があった。お前は俺が昔から甘い物が好きだってこの前言ってたけど、そんなに好きじゃないし」  言われてもまだ、頭が追いつかなかった。  けれど眩しい光のトンネルに入ったかのように、閃光がパチンと目の裏で弾けた。  小学生の頃。ロッカーに入れられる寸前、確かにこれを見た。けれど信じたくなくて、開けに戻ってきた雄飛に言ったのだ。『ありがとう、助けてくれて本当に──』  自分を守るため、他人にやられたのだと記憶を書き換えた。その方が都合が良かったからだ。  だからだ、と思った。足立と幼少期に過ごした記憶のほとんどを思い出せないのは、気付かぬうちに忘れようとしたり、捏造する癖が付いていたからだ。 「なんで、そんなこと、したの?」  ぜんまいが切れかかったロボットみたいに片言で問いかけてみると「それも分かってるんだろ」と苦しそうな顔で言われ、冷えた親指で瞼を擦られた。  いつの間にか涙が溜まっていたらしい。  それに気付かぬほど自分は混乱していた。 「史緒は全部分かってたのに。ハグもキスもなんでしてたのか。なのにずっと、俺の本心を見ないようにして逃げ続けてたんだ」  雄飛の目も僅かに潤んでいた。  お願いだから、その先を言って欲しくなかった。  もし言われたらなんて返したらいいのか分からない。 「雄飛」 「ずっと史緒が好きだったんだ」  パチン。唯一の光である電気スタンドの灯りが消されて、後ろへ倒された。  急に目の前が真っ暗闇になって、心も一緒に閉ざされる。  もう、何も見えなくなった──

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