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【6】第1話 背徳
新学期。
休もうかと何度も迷ったが、結局登校した。
雄飛は今日休むと、予め連絡をもらっていた。あの後熱が出たのだと、おばさんに聞いた。ストレスじゃないかな、ごめんね心配かけて、と明るい調子で電話で謝られた。
発熱は嘘ではない、と思う。
あんなことになってしまって、少し後悔しているのだろうか。
顔を合わせなくていいことに正直ホッとするが、別の問題が残っていた。足立に謝らなくてはならない。
教室が近づくにつれ、足取りも重くなっていく。こっそりと開いたドアから教室を見渡すが、足立の姿は見当たらない。
中に入ろうとしたら、廊下の向こうから歩いてくる足立が見えてハッとした。
足立は、隣を歩く女子と笑っていた。目を細め、口角を上げ、何の話をしていたのか知らないが、随分と盛り上がっている様子だった。
何かを考えるより前に、俺の体は教室へは向かわず、来た道を勝手に戻っていた。するとすぐに、背後から声を掛けられた。
「史緒、待って」
足立はあの日みたいに俺の名前を呼ぶ。
俺は一瞬で、この場から逃げることを決断した。
だって足立のそんな笑顔。
俺はずっと悩んでいたのに、足立に取ってはどうでもいいことだったのだ。女子と仲良く登校して笑い合える余裕があるくらいに。
「史緒、どこ行くの。もうHR始まるよ?」
「帰る。どうせ始業式だけやって終わりだし」
足は止めずに受け答えをしたが、自分で帰ると言っておきながら焦っていた。
学校をサボるなんて、人生で1度もしたことないし、出来そうにない。でも足立の隣の席に平然と座れる気もしなかった。
「待って。じゃあ俺も帰る」
「はっ?」
思いがけなくて足を止め、振り返ってしまう。
「話したいんだ、史緒とちゃんと。史緒だって、このままでいいって思ってないでしょ?」
口を噤んで視線を逸らすと、足立は何かを言いたげに俺を見つめたけれど、何も言わずに先に階段を降りてしまった。
仕方なく、足立の後に続いた。
自信がなかった。学校を不良みたいに堂々とサボるのも、足立とちゃんと話すのも。
下駄箱で靴を履き替えながら、つい不安な気持ちを漏らしてしまう。
「大丈夫かな、勝手に帰っちゃって……」
「ふふ。史緒が自分で言ったくせに」
そう笑ったので、ちょっとだけ緊張が緩んだ。
もう、なんでもいいやと思った。
誰に怒られようが、そんな些細なことはなんでも。足立がきっとなんとかしてくれるし、足立との関係がうやむやなままの方が重大だ。
数人の生徒が走って校舎へ向かっていくのに、自分達はそこから遠ざかっていく。初めての光景にドキドキしながら、2人で自分の家へ戻ってきていた。
「お母さんは、仕事?」
「うん、いない」
ソファーに座った足立に、とりあえず冷たい麦茶を出す用意した。ローテーブルの上の花は今日は赤と黄色のガーベラだった。冷房の風に当たりすぎたのか、黄色い花の頭がもたれて、茎が弱っている。
花を見ながら麦茶の入ったコップをテーブルに置いた時、俺の横顔をじっと見つめている足立の視線に気が付いた。
「史緒、それ……」
「?」
「あ……いや、何でも」
なぜか気まずそうに目を逸らされた。
麦茶はダメだっただろうか。
訊けるような雰囲気ではなかったので、大人しく斜め向かいに腰を下ろす。
「あの時は、勝手にあんなことをしてごめん」
低く落ち着いた声が耳朶に響く。
鼻の頭を掻きながら、足立は眉をハの字に下げた。
俺は膝の上に置いた自分の手を見ながら、首を横に振った。
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