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第2話 温和

「ずっと連絡しようと思ってたんだけど、出来なくてごめん。悩んでたんだ。史緒に嫌な思いさせたんだろうなって思うと、電話でなんて切り出せばいいのか分からなくて」  悩んでた、と聞いて少しだけ呆れた。   さっき女子とあんなに楽しそうに話してたのに。  悔しくなってつい口に出してしまう。 「悩んでたようには見えなかった。女の子と楽しそうに、登校してきて……笑って、た」 「あれは別に、楽しそうにしてた訳じゃないけど……笑顔で話しかけられたから同じように返しただけで」 「……」  それは本当のことだろう。悩んでたとしても、事情を知らぬ他人にはいつも通り振る舞うのが普通だ。これは単なる嫉妬だ。自分のことで頭をいっぱいにしていて欲しかったっていう、単なる願望。恥ずかしくて泣きたいような気持ちになる。  少しの間を空けてから足立は切り出した。 「あの時話してたことなんだけど、史緒の言う通り、俺たちは子供の頃に会ったことがあるんだ。史緒は覚えてないかもしれないけど……」 「分かってる。俺もちゃんと謝りたかった」  消え入りそうな声だったのに、ちゃんと足立の耳に届いたみたいだ。はっと息をのむ音がした。 「思い出したの?」 「全部じゃないけど、子供の頃、雪の日に転んで怪我をした時にお父さんもいたのは覚えてたから……それで色々と、繋がった」 「そっか……」 「足立に火傷をさせちゃってごめん」  勇気が出なくて言い出せなかった言葉を、早口で一気に言い切って頭を下げる。足立はすぐに「何言ってるの」と強い口調で(たしな)めた。 「史緒が謝るようなことは何も無いよ。あれは自分の不注意で」 「でも、俺がもっとしっかりしてればそうならなかったかもしれない」  たらればの話をしても、意味が無いのはわかっている。だけど言わずにはいられない。  康二さんに色々と聞いたのだと白状した。1週間、足立は家に置き去りにされたこと。足立もその時の記憶が曖昧で、所々が捏造されているみたいだから詳しくは言えなかったが、きっと父が足立の母を家から連れ出したのだと思う。そう言って謝った。 「それは分からないよ、俺の母が誘ったのかもしれない」 「俺、何にも思わなかったんだ。母親以外の女の人と会ってた父のこと。おかしいとか、本当に何も」 「史緒。でも俺は、史緒と会えて嬉しかったんだ」  瞼を手の平で擦ると、涙の雫が付いた。  嬉しかったと言って貰えて、少しだけ心が暖かくなった。俺は覚えていなかったのに、足立はちゃんと覚えてた。  胸が詰まって何も言えなくなった俺を、優しい声が包み込む。 「史緒と会ってる時間が、本当に癒しだった。数ヶ月に1度しか会えなかったけど、会えた時は史緒も嬉しそうにしてくれてた。楽しかったんだ。不倫相手の子供だとか、そんなの関係なかった。ずっと一緒にいれたらいいなって思ってた」  だけど、俺たちは離れてしまった。  そして数年の時を経て、再開。  再開した今、足立には好きな人がちゃんといる。  俺はこんなにも好きになっているのに、自分の想いはきっと届かないし繋がらない。

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