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第3話 不意
「ごめん、足立……俺、足立と過ごしたこと、あんまり覚えてないんだ」
「普通は覚えてないよ。子供の頃の話で、何回か会っただけだし」
「足立はどうして覚えてたの」
「それは……後で言う。去年、職員室でたまたま史緒を見かけて、あの時の子だって分かったんだ」
俺は子供の頃から容姿がそんなに成長していないんだろうか。
首を捻ると、足立は自分の耳朶を指で摘んだ。
「史緒が先生と話しながら、耳を触ってたんだ。この癖、子供の時もしてたから。それにその蜂蜜色の髪の毛。すぐには分からなかったけど、気になって先生に史緒の名前を訊いて、名前を知った時にそうなんだって分かった。ノートを拾った日、いいきっかけができたと思って話しかけたんだ。やっぱり無視されるんじゃないかって、内心ドキドキしたんだよ」
去年、職員室で俺はどんな恥ずかしい話をしていたのか、もう覚えていない。
昔は史緒ちゃんと呼んでいたということも、足立が自ら教えてくれた。
「史緒がこの間家に来た時、ふざけて史緒ちゃんって呼んだのは、思い出さないだろうなって高を括 ってたから。『子供の頃に呼ばれてた』って切り出された時、ちょっとヒヤッとしたんだよ」
「だから家に行きたいって言った時、反応が微妙だったんだね」
「家に来たら思い出しちゃうかと思って……まぁ結局、バレちゃったけど」
ふふ、と穏やかに笑われて、俺も声に出さずに笑い返す。思っていたより、ちゃんと話が出来ていて嬉しかった。
キスの話は自分から訊くのもおかしい気がして、足立から言ってくれるのを待った。やんわりと、あの時の話へ誘導するように俺から切り出してみる。
「部屋で、暗闇を克服しようってなった時さ」
「……うん」
その強ばった声から緊張が伝わってきて、こちらも手に汗を握ってしまう。
「やっぱり怒ってたよね? あの時は怒ってないって言ってたけど」
「……ごめん。俺との思い出が萩原に変わってたから、なんか悔しくてカッとなっちゃって」
「俺もごめん、俺、雄飛くらいしか仲のいい友達いないから、てっきりそうだって思い込んでた」
「それで史緒、聞いて欲しいことがあるんだけど」
急に改まって座り直した足立に「は、はい」とこちらも変に改まってしまう。
言いにくいこと、なのだと思う。
足立は視線を床に落としながら瞬きを繰り返し、鼻の頭を嗅いている。心無しか、耳が少し赤くなっているような気がした。冷房を、強めようか。
少々の沈黙が続くので、緊張して意味もなく手のひらを擦り合わせたり揉んだりした。
俺は他にどんな、失礼なことをしていたのだろう。
また心から謝る覚悟をした。喉がカラカラに乾いてしまったので、麦茶を1口飲んだ。
「好きなんだ」
「……え?」
持っていたグラスを、落とすところだった。両手で持っていてよかった。
ゆっくりと顔を上げ、足立を見つめる。
やっぱり顔が赤い気がしたけど、逸らさずに強く真っ直ぐな眼差しを俺に向けていた。
「史緒のこと。子供の頃から、ずっと好きだったんだ」
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