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第5話 萎凋

 何かを考えるよりも先に、言葉が早く出てきていた。  親友の気持ちに気付かぬ振りをずっとして、成されるがままになって、素直な感情を表現できずに、ぬかるみにはまっていった自分。  俺なんて、俺なんか。  自分の愚かさと、そう聞かされた足立の気持ちを思うとますます泣いてしまって、収拾がつかなくなっていた。 「そう」  冷やりとする声に、体が萎縮する。  顔は見れなかったけれど、口元が弧を描いているのが視界の隅に入った。微笑している。それは呆れているようにも、怒っているようにも見えた。  雄飛にそう言え、と言われた訳じゃない。  自分の意思だった。雄飛としてきたことを隠して足立に好きだと言えるほど馬鹿ではない。お願いだから、こんな俺を好きだと言ってほしくなかった。   「気付いてないみたいだから言うけど、史緒さ」  無言でいたら、足立は自分の右耳の後ろを指さした。今度の声色は、硬くはなかった。一緒に帰る? と下駄箱で言ってくれた声色に似ていた。 「付いてるよ。ここに、キスマーク」 「えっ……」  咄嗟に耳の裏を手で#庇__かば__#うように覆った。  顔に熱がいくのを感じる。  あの時だ。あの時雄飛は、俺の耳や首筋を吸ったり噛んだりしていたから。 「気を付けな。普通にしてれば見えないけど、前かがみになった時にハッキリと見えちゃうよ。さっきは虫刺されかなって思ったけど、そう都合よくはいかないよね」  問題の解き方をアドバイスしているみたいな口調で、足立はふふっと笑っていた。  この鬱血痕のせいで、より信憑性が高まっただろう。俺の発言には嘘がないこと。 「じゃあ俺、帰るね」  もう、足立は俺を一切見なくなった。  鞄を持って立ち上がり、1人で玄関へ向かっていく。  心許なくなって、俺は反射的に後を追いかけていた。 「足立」  これで、終わりなのだろうか。  相合傘をしたり、猫カフェに行ったり、家を行き来することも、もうないのだろうか。ハグも、キスも。せっかく、2人の記憶が繋がったのに。  足立はやっぱり、俺を見なかった。  ドアノブに手を掛けながら、またニッコリした足立は最後にいつものセリフを吐いた。   「萩原と、本当に仲がいいんだね」  そうして、ドアは閉ざされた。  胸が痛くて苦しくて。テーブルの上の枯れかけたガーベラを思い出す。  花はいつかは枯れると分かっているのに、どうして飾るのだろう。  人の気持ちも同じだ。こんなに辛いのなら初めから会わなければ良かっただなんて思うのは、足立を本気で好きだったからだ。  例え俺のことを嫌いになっても、せめて思い出して欲しい。  石鹸の匂いをかぐと史緒のことを思い出すと言った足立のことを、俺も決して忘れないから。

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