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第7話 平常
抱きしめられながら、シェルフに並んだ本や雑誌の背表紙を順に目で追っていく。
青色の背表紙に金色のひらがなで書かれた絵本は見当たらなかった。
「雄飛。はくぶつかんのよるって本、もう捨てちゃった?」
「ん? それは、小説か何か?」
「ううん、やっぱりいいや」
可笑しくなって、ふふっと笑みを零した。
もしかしたらと思っていたけど、やっぱりそうだった。はくぶつかんのよるをお揃いで買ったのは足立だった。
そうやって記憶の誤差が直っても、今更どうでもいいのだけど。
翌日、教室へ行くと自分の席が窓際の前から2番目に移動していた。どうやら新学期早々、席替えをしたらしい。
隣の席だった足立は、廊下側に近い席になっていた。物理的にも、心にも距離ができた。
あえて見ないように振る舞うと、向こうも同じように俺を避けていた。
足立は根っからの善人だから。俺を引っ捕まえて「無視するなよ」とは言わない。ちゃんと空気を読んで、気を遣って、単なるクラスメイトの1人として俺を見てくれる。
俺がノートを落としたり、授業中馬鹿な声を出したりしても、また何も反応しないだろうと思う。そうされると思うと、どこかほっとしている自分がいた。
いま恋情を表現するのは辛かったし、あんなに背中を押してくれた由井さんには悪いけど、今はたくさんの情報を吸収して成長したいという気にはなれなかったので創作は辞めた。
その代わり、雄飛と前にも増して話すようにした。雄飛とは変わらず友達を続けている。長い夢を見ていたことにして、ハグやキス、それ以上のことについては互いに口に出すのは避けていた。体育祭や文化祭やその他のレクも、全部雄飛と一緒に楽しんだ。
日々をやり過ごすのに精一杯だったけど、コートを羽織る季節にもなれば、気持ちも大分楽になっていた。
人は慣れるものなのか、足立を視界に入れないようにする癖がついたお陰で、あんなに落ち着かなかった気持ちが嘘のように減っていた。
けれど1度知ってしまったらもう忘れられない。
足立の声も、体の傷跡も、たまに浮かべていた悪戯っぽい笑みも。
はやく3年生になりたかった。
そうしたら足立ときっと違うクラスになれて、意識せずとも完全に瞳に映らなくなる。そうすればきっと、この恋心の息の根を完全に止めることができる。
放課後、いつものように雄飛と別れて帰ろうとした時、少し前に足立の後ろ姿が見えたので、俺は踵を返して図書室で適当に時間を潰していた。
下校時刻ギリギリまで居座ってから校舎を出て、正門を抜ける。すると1台の赤い車がこちらにゆっくり向かってきて止まった。
どこか見覚えのある車だなと見つめていると、急に運転席側のドアが開き、中から人が出てきた。手を振られ、快活な声で挨拶をされる。
「やぁ史緒ちゃん。やっと見つけた」
「……!」
康二さんと目が合った俺は、その場からすぐに駆け足で逃げた。
それは想定内だったのか、すぐに追いかけてこられて手首を捕えられてしまう。
「逃げる前に、僕の話を少し聞いていかない? わざわざ仕事を抜け出してきたんだからさ」
「あの、俺、足立とは……」
話したくない。
そう思って助手席を恐る恐る覗くが、予想に反してそこには人が乗っていなかった。
「あの子はいないよ。今日は史緒ちゃんと話がしたいと思って来たんだ」
「な、何のですか」
「まぁ、こんな所で話してるのも目立っちゃうから、ドライブでもしながらさ」
乗りなよ、と助手席のドアを開けられる。
乗り込む勇気がない。だけど逃げ出せる勇気もないので、じっと見つめるその眼差しに耐えきれずに、車に乗り込んだ。
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