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第9話 憐憫

 そういえば今の空は、何もかも飲み込んでしまいそうな濃い灰色をしている。天気予報をチェックしていなかった俺は、雷が鳴ると聞いて少し動揺した。  無言でじっとその横顔を見れば、康二さんはハンドルを切ってコンビニの駐車場へ入った。  エンジンを切り「ちょっと待ってて」と言って店に入っていった数分後、戻ってきた時の康二さんの手には、白いカップが2つ。 「カフェオレで良かった?」 「はい……わざわざすみません」  髪や服に付いた細かな雨粒を払いながら、1つ俺に手渡してくれた。  直に両手で持つと、じわじわと熱が伝って暖かくなる。少し熱いくらいなので、冷めるまで待つことにした。   「僕はこれから、恭太郎のそばにいてあげようと思ってる」  静かな口調で言われて、心臓が静かに速くなっていった。明らかに動揺したけれど、なるべく顔には出さないようにして、カップに口を付けて熱いカフェオレで喉を潤す。  エンジンが切られた車内はあまりにも静かで、緊張が解けなかった。 「いいよね? 君はもう、あの子とは関係ないんでしょう?」  カップを持つ手に力を込める俺を見ながら、また逆らい難いニュアンスで言われる。  確かにさっき、それは自分自身で言った言葉だ。関係ないのだから、足立のそばに誰がいようと知ったことではない。  そっと(うかが)い見ると、康二さんは余裕の笑みを湛えてカップを口に付けていたので何故か泣きたい気持ちになった。その余裕が癪に障る。俺はいつも真剣に悩んでいるのに、この人はいつでも冷静で気楽だ。そんな余裕を、俺も持てたらいいのに。  嫌だ。そばにいって欲しくない。  正直に沸いてきた気持ちはこれだったが、今さら自分が何を言おうとこの人の考えを覆すことは出来ない気がした。 「……はい」  諦めの色が滲んだ声に反応した康二さんは、急にゴホッと()せ始めた。  変なところに入ってしまったらしく何度も咳をして、涙目になっている。 「し、史緒ちゃん、どうしちゃったの。初めて会った時はちゃんと僕に言い返してたのに」 「あの時は、何も知らなかったから……今日、足立のそばにいてあげてください。きっと足立も、康二さんがいてくれたら心強いと思うから」 「……へぇ」  俯く俺を軽く睥睨(へいげい)してから、康二さんはこちらに身体をずいっと寄せてきた。  シートベルトをしているから可動域が制限されるけど、俺に近付けるギリギリのところまで来てジッと見つめてくる。 「僕がどうして、史緒ちゃんをもう虐めたりしないからって言ったんだと思う? 人となりが見えたからだよ。君はあの子と喧嘩した後、僕のところにわざわざやってきた。知らないフリも出来ただろうに、ちゃんと向き合おうとしてくれたことが嬉しかったんだ。それなのに今の君は何? ウジウジメソメソ、弱々しくて目も当てられないよ」 「あ、足立に、言われたんですか? 俺にそう言ってくれって」 「あの子は何も知らないし言ってないよ。僕の判断」  笑顔だけれどうっすらと漂う険悪な雰囲気に動揺すると、低く穏やかな声が耳元で呟く。 「それで、そのまま告白しようと思ってね」 「……え」 「今まで家族みたいな関係だったし、恭太郎は史緒ちゃんのことをずっと想ってたけど、めでたく振られたんだから。弱みにつけこんで上手く言いくるめたら、あの子はきっと僕に落ちると思うよ」 「好きなんですか? 足立のこと」 「だからそう言ってるでしょ。今日はそれを伝えに来たんだ」  ──嫌だ。足立がこの人のものになるなんて。  はっきりと、自分の頭が信号を発してそう意思表示していた。  太ももの上に置かれた手は震えていた。悲しみか怒りか、嫉妬か。何の類は分からないけれど、なんとかしてこの人を止めなくてはならないと思った。 「悪いですけど、足立は言ってました。康二さんと付き合いたいだなんて、考えたこともないって」

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