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第11話 認可
雄飛の家のチャイムを鳴らすと、雄飛のお母さんが出てきて、まだ帰ってきていないのだと言われた。
中で待ってるように言われても断って、俺は学校の方へ続く道を走った。雄飛はこの道を、自転車に乗って帰ってくる。1秒でも早く会いたい気持ちが勝って、大人しくしていられなかった。
しばらくすると、学校指定の白いカッパを被って自転車を漕いでいる雄飛が向こうから来るのが見えた。
雄飛、と声を出すが、か細い声は車の行き交う音にかき消されてしまい届かない。雄飛は自分に気付いていなかった。
「雄飛!」
傘を下げ、大きく名前を呼ぶ。
急に傘を振り下ろしたアクションでようやくこちらを見た雄飛は、急ブレーキを踏んで止まり、俺を振り返った。
「史緒?」
雄飛は自転車から降り、道の端でスタンドを出して自転車を立たせた。
フードを取りながら一体何事かと、目を丸くしながら俺を見下ろした。濡れないように、雄飛の頭上で傘をさす。自分に雨風はあたるが、気にしていられなかった。
「雄飛に、伝えたいことがあって」
雨風が強い中で走っていたので、身体中が濡れていた。脇腹も痛くて息が切れているが、喉の奥から自分の気持ちを一生懸命に伝えることだけに集中した。
雄飛はそんな俺をただじっと見下ろして、静かに言葉を待っていた。もう逃げないのだと、自分を奮い立たせる。
「……俺、足立に告白して振られたって前に言ったけど」
反応は無かった。時折ちいさく雷鳴が響く空の下で、雄飛は真剣な表情で目と目を合わせる。
「それは、嘘なんだ。本当は、してない」
「知ってるよ、そんなの」
「……え」
「だって足立、お前のことずっと見てる。史緒は気付いてないかもしれないけど、学校で毎日お前のこと気にしてる。振った奴の態度じゃねぇよあれは」
足立が自分を気にしているだなんて、気付きもしなかった。だって俺が足立に視線を移せば、足立は前のように自分が目に入っていないかのように振舞っている。自分が空気になったようだと思っていた。
「それで、史緒も足立のこと見てるのは気付いてた。たまにボーッとしてるし、声掛けても上の空なことも度々あるし」
ようやく、クスクスと笑ってくれた。
そのあどけない表情を見て胸が痛くなる。
俺はこの人に、酷いことをしてきた。何もしないことが優しさなのだと勘違いをして流されて、抱きしめたりキスを受け入れたりしてきた。
雄飛の胸に、そっと触れてみる。俺が触れたいのは体ではなく、そのもっともっと深い、心の奥底だ。
寂しい思いをさせてごめんと、頭の中で何度も謝った。
そして、もう嘘は吐かなくていいのだという安堵感と、うまく伝わるかなという緊張感を入り混じらせながら、俺は顔を上げた。
「俺、これから足立に会いに行ってくる。好きなんだ、足立のことが」
うん、と雄飛はわずかに微笑んで顔を伏せた。
それは、どうにかつなぎ止めていた自分の恋が今終わりを迎えたのだと、安堵と解放感から来る笑みだったのかもしれない。
「だからもう、雄飛とはキスもハグもできない。ごめん」
「分かった」
「でも、都合いいかもしれないけど、雄飛とはずっと、仲良くしていきたい……」
それは図々しい願いだった。ここで昔からの関係を断ち切ってしまうほど、勇気が持てなかった。恋愛感情はないけど、大好きだから、一緒にいたい。
でもここは、雄飛の気持ちを優先させてあげると決めた。この人が俺と関わるのは苦しいのなら、それを尊重するべきだ。
返事がなかなか貰えないので、無理なのだろうと気落ちして視線を地面に落とした。スニーカーは泥だらけで、制服のズボンも雨を吸ってずっしり重くなっている。
「史緒、今までごめん」
雄飛から出たのは謝罪の言葉だった。
まさかそんな風に謝られるとは思っていなかったので面食らう。
「ずっと、苦しい思いをさせてごめん。俺の願いは、史緒がずっと笑ってくれることなんだ。史緒が幸せになるたら、それでいいから。俺のことは何も気にすんな」
「あ、ありがとう……」
「頑張れ」
雄飛は精一杯の笑顔を見せていた。自分の思うようにいかなくて辛いのに、俺を応援してくれている。
雄飛は俺の、大切な友人だ。
これからもずっとそれは変わらない。
頷いて、その場で別れた。
まだ胸がドキドキと言っていたけど、どこかあたたかい気持ちだった。
俺も雄飛の幸せを願っている。
また今度一緒に屋上で、金平糖を食べてみたいと思った。
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