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第12話 反撃
電車に乗りながら、ますます雨足が強くなっていく風景を見ながらソワソワとした。
康二さんは、仕事を抜け出して俺のところに来たと言っていた。だからきっと俺を送った後、一旦店に戻ったはずだ。
もしかしたらまだ、康二さんは足立に接触していないのかもしれない。そう期待をしつつ電車を降り、足立の家へ向かった。
夏休みに行ったのに、あの時は足立と話すことに夢中になっていて、どこの道を曲がったら家へたどり着くのか、道順がすっかり抜け落ちていて焦りが募った。
確かこの辺だったはずなのに、ますます暗くなってきたせいか、あの時とは風景がまるで違って見えた。
地図アプリを開いて、児童公園を検索する。
それを頼りにそちらの方角へ駆け出し、記憶を手繰り寄せながらどうにか足立の住む白亜の家を遠くに見つけた。
足立の家が近づくと、赤い車が停まっているのが見えたのでぎゅっと拳を握りしめた。
もう、康二さんは着いてしまっていた。
なら告白ももう、すでに済んでしまっただろうか。そして足立はその告白を受け入れて……
ガチャガチャと門扉を忙しなく開けて、玄関ポーチへたどり着く。
震える指先でインターホンを押そうとした時、リビングのおおきな窓のレースのカーテンに隙間が出来ていることに気がついた。
玄関ポーチから、その隙間の奥へ目を凝らしてみる。
もっと近づいて中を覗きこむと、ソファーに座って俯いている足立と、その傍に立ちながら何かを話している康二さんの姿が認識できた。
はっと息をのむと、康二さんとすぐに目と目がガラス越しに合う。
わずかに目を見開いた康二さんは俺をじっと見つめた後、ふふ、という擬音が聞こえてきそうな微笑みを見せた。
嫌な予感がして、体中の血が逆流するような感覚になる。
予感は的中して、康二さんは俺に見られていることを意識しながら、足立の座るソファーに片膝を乗せて、足立の顔に自らの顔を寄せた。
俯いていた足立は顔を上げ、康二さんを真っ直ぐに見上げる。
そのまま一言二言、何か言葉を交わしあったと思ったら、2人の身体がソファーへ沈みこんだ。
足立は後ろへ押し倒され、康二さんは足立の顔の横に両手をつきながら見下ろしていた。
康二さんが自ら眼鏡を上へずらし、今にも唇が触れそうな距離まで顔を近づける。
俺にわざと見せつける気なのだと思うと、得体の知れない感情がふつふつと湧いてきた。
俺はずっと、欲しいとか嫌だとか心の中で感じていても、気持ちを素直に態度にして表現するのは苦手で、大人しくしてきた。
流されて、人に合わせて、自分の気持ちは後回しで、誰かの後ろに隠れるような、誰かの助けが無いと生きていけないような弱い人間なのだと思い込んで予防線を張っていた。
だが康二さんの態度は、俺のそんな殻をみごとに破ってくれた。
哀しいし歯がゆいけれど、ムカつくことをしてくれたお陰で、こうして黒い嫉妬を起こす本当の自分に気付けたのだ。
俺はこれから、今よりももう少し、強くなろう。
足立の傷を瞬時に癒せるほどの力はないし頼りないかもしれないけれど、痛みを分かちあえる、優しくて強い人に。
こんな雷や暗闇から一緒に抜け出して、ギラギラと眩しく光る太陽の下へ行って、一緒に笑いあいたい!
足元に置いてあった、オリーブの木が植えてあるテラコッタのポットを両手に持ち、頭の上まで高く持ち上げて、目の前の窓へ思い切り振り下ろした。
盛大に音を立てて割れた窓の破片と、粉々になったポットの欠片や土が下に落ちる。
康二さんと足立は上半身を跳ね起こしてこちらを見た。
赤い顔をして荒く息をしている俺を認識した2人は立ち上がり、こちらへ歩み寄る。
破片が飛び散っているのでそれを踏まぬよう、慎重に窓のそばにやってきた康二さんが、カーテンを開けてポーチに立つ俺を呆れ顔で見下ろした。
「史緒ちゃんてさぁ……馬鹿なの?」
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