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第3話 唯一
足立の部屋のカーテンは締めきられ、雨戸もおりていた。
雷の音が遠くなるようにイヤホンで音楽を聴いている時に、康二さんがやってきたとのことだった。
「昔初めて会った時、史緒のことを女の子だと思ったんだ」
来客用の布団を敷いてもらったので、そこに小さくなって正座をする。足立は俺と少し距離をあけてベッドに腰掛けた。
「間違いに気付いたのは2回目に会った時かな。史緒がふと『ぼく』って言ったから、怒られるの覚悟で訊いてみたんだけど、男だよって笑って返してくれた」
性別を間違われるなんて、大抵の人は嫌だろう。だけど自分は日常茶飯事だったので慣れていた。長めのフワフワの髪の毛と、気が弱くておとなしいところがそう見せていたのかもしれない。名前の響きのせいもあると思う。
「あ、だから、史緒ちゃん?」
訊いてみると、笑って頷かれた。
男の子だと分かっても、史緒ちゃんという呼び方は足立自身気に入っていたので、直すことはしなかったらしい。
「今も、史緒ちゃんって呼んで欲しい?」
反応を試すように言われたので、照れてしまってつい正反対のことを言ってしまう。
「もう高校生だし、やめてよ」
「でも夏頃たくさん呼んだよね、史緒ちゃん」
「……! や、やっぱり嫌だ……」
低音が耳朶を掠めると、そこが一気に熱くなる。
ついでに足立のいたずらっ子のような微笑みが眩しくて直視できない。
ドキドキしている心臓を自覚しながら、何か他の話題を探そうと必死に考えていた時。
「大丈夫なの? 俺で」
思いがけず足立が真面目なトーンで言うので、面食らった。
何のことかはすぐに理解したけど、何をどう言えばいいのか分からなかった。
とりあえずすぐに頷けば、目を細めて、だけどほんの少し翳りのある表情を足立はした。
「俺がいなければ、2人はずっとうまくいってたんでしょう?」
足立にまだ、本当のことを伝えられていない。
あの日俺の首についていたキスマークの意味を足立は知らない。
言ったら拒絶されるのか受け止めてくれるのか。
分からないけれど、もう秘密や嘘をさらけ出したかった。
出来ることならずっと、足立と一緒にいたいから。
「足立にちゃんと話す。言いたくても、ずっと言えなかったこと」
足立は俺と同じ目線の高さのところまで体を落とし、真剣な眼差しを向けた。その深い瞳の奥の色に、何でもきちんと受け止めるという心意気が垣間見れた。
たまに無言になったりしても、足立は急かすことはしなくて、静かに続きを待っていてくれた。
一通り言いたいことを言い終えた時には喉はカラカラで、無意識のうちに目線が下がって足立を見れなくなっていた。
「ごめんね……」
色々と、傷つけて。
蚊の鳴くような声しか出なかったが、足立にはちゃんと届いたようで、穏やかな声で言われる。
「ううん、大丈夫。教えてくれてありがとう」
布団の隅と隅に座る2人の視線が、また絡み合った。
「俺、ずっと萩原が羨ましいなって思ってたんだ。史緒といつも一緒にいるし、史緒は俺よりも、萩原の方が心を開いてるんだなって」
「そんなことは……」
「ううんごめん、俺よりもって、ちょっと意地悪なこと言った。無視するようになって、何度か思い切って話しかけようとしたけど、それはダメなんだよなって萩原見て自戒して。でもずっと諦められなくて。このまま一生、心の中で史緒のこと想ってようって誓って」
「一生って」
盛りすぎだ、と突っ込める空気ではなく。
足立の言ったことは全て本気なのだと、その目を見れば分かった。
硬くなった表情の俺を和ますようにふふっと笑われる。
「康二には悪いことしたと思ってるよ。史緒の名前はもう出すなって文句言ったから。愚痴とか聞いてもらってたのに、やっぱり不義理すぎるよね」
「俺、嫌われるほど足立を傷付けたよね……」
「逆だよ。好きだからもう名前さえも聞きたくなかったの。でも結局、石鹸の匂い嗅ぐと、史緒のこと思い出してたけど」
胸が小さく痛んだ。
嗅覚と記憶には特別な関係があると、足立が教えてくれた。
俺も、匂いなどなくても足立がずっと心の中にいた。大好きなのに、気持ちを伝えられないのが辛かったのだ。
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