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第4話 大事

 一緒の気持ちだったのだと自惚れた俺は、改まって姿勢を正した。 「大事にします。足立のこと」  言った途端にふっと噴き出されて、笑われてしまう。  とても心外だ。大真面目に言ったのに。  ほっぺをムンと膨らませると、膝の上に置いていた手を握られた。親とやっと会えた迷子のように安心した顔で、足立はホッと息をついた。 「やっぱり史緒のこと、本当に好きだな」  大きな両手が小さい手を包み込む。  指の谷間に淡い力で指を差し込まれると、なんだかソワソワとして落ち着かない気持ちになってくる。 「俺が言おうと思ってたのに。俺の方こそ、大事にします」 「あ……はい」  俺は恥ずかしくて耐えきれずに、俯いて指を握り返すので精一杯だった。  しばらく足立は無言で、俺の指の形を確かめるようになぞっていた。  手を離すことも、自然と何か会話ができる余裕もなくて、ついに羞恥マックスになったところで俺の方が根を上げた。 「て、照れるんですけど」 「ん、ごめん。なんか舞い上がっちゃって。けどこれくらいいいだろ。史緒、うちの窓ガラス割ったんだし」 「えっ! さっきはどうでもいいって言ったのに!」 「だからこれでチャラ」  軽く笑われるけれど、その表情の片隅に緊張が混じっているような気がした。  離れようとはしないけど、近づこうともしない。  暗闇の中で強引に唇を奪ってきた相手と同じ人物とは思えない。  たぶん自分も、足立と同じ顔をしている。  期待や不安を入り混じらせたような。  もう天候は大分落ち着いたけれど、それでも雨は降り続いている。  パツパツと雨粒が雨戸を叩く音が響くなか、ふと足立が手を離して立ち上がった。 「じゃあそろそろ、寝ようか」  促されるままに布団に潜り込み、顔の下まで掛け毛布を引っ張った。  足立はベッドに座って、リモコンのボタンを操作する。  急に真っ暗闇にされたので、不意打ちで「ひゃっ」と声が漏れてしまう。すぐに元の明るさに戻った。 「ごめん。急に暗くして」 「ううん、大丈夫」  そう言いつつも、たった1回のアクションで心臓がバクバクと鳴っている。 「参ったな。これ、調光できないタイプなんだった」 「え、いつも真っ暗にして寝てるの?」 「うん、明るいと眠れなくて……でも今日は点けて寝ようよ。史緒もその方がいいでしょ?」  自分の部屋ではいつも電気スタンドを点けて寝ている。  確かに暗闇では怖くて眠れないが、こんなに眩しい照明の下で眠れる気もしなかった。  足立も実際、明るいと眠れないと言った。  泊まらせてもらっているのだし、何より窓やオリーブの木をダメにしてしまった罪悪感もあり、俺が折れることにした。 「消して大丈夫。前みたいに、話をしたり、手を握ったりしてくれればきっと眠れると思う」 「そう? なら、消すよ?」  足立はすんなりと笑って、右手を差し出した。  俺は寝転がりながら、左手をゆっくりと持ち上げる。足立の細くて長い指先を摘むと、また全身が熱をおびていく。  照明を消されて暗闇がやってくる。  ジェットコースターで落ちる時のような浮遊感がやってきて怖くなり、指先をキュッと握りしめた。 「大丈夫?」 「うん」  衣ずれの音がする。俺の手を握ったまま、足立が横臥したのが分かった。  浅かった呼吸も深くなって、あたたかな草原に寝転がっているような癒しや安心感が身体を満たしていく感覚になってきた。   「落ち着いてきた?」 「うん。やっぱり、誰かと一緒にいれば問題ないんだって実証された」 「誰かと、じゃなくて、俺と、が良かったな」  笑って小さく呟かれたのを、俺は聞き逃さなかった。 「ううん。足立と一緒だから、大丈夫」  それは心からの気持ちだった。  暗闇の中でだけじゃなくて、足立が一緒にいてくれるのだと思うと、ひとりでは無理なことも難なくこなせるような気になってくる。  雄飛とまた、たくさん話をしよう。  また小説も書き始めよう。書いて、真っ先に足立に読んでもらって、サイトに投稿をして、視野をもっと広げていこう。  閉ざされていたカーテンが一気に開け放たれ、いいことが芋づる式に続いていきそうな未来に、嬉しくなる。 「俺、前までは自分が嫌いだったんだけど、足立に会えたお陰で、自分を好きになれた気がする」 「うん、俺も同じだよ。史緒に会えて、自分を好きになれた」  視界が奪われている分、耳は鮮明にその声を拾った。  まさかそう返ってくるとは思わなくて、暗闇の中で足立の方へ視線を向けた。  なんとなく、足立は自己肯定力は高い方だと思っていたのだ。  他人に流されずに自分の意志を貫いて。  いつでも自信に満ち溢れているように見える足立が、自分を嫌いな時期があっただなんて信じがたかった。

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