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第6話 寄添
微かに熱を孕んだその声だけで、種類の違うゾクゾク感がやってきた。
様子を伺うように、お互いしばらくじっと耐える。
「あ、うん。いいよ」
何でもないように平然を装うが、動揺の色を隠しきれていないのは自分でも分かる。足立はすぐに付け加えた。
「何もしないから」
その言い方だと、そういうことを想像していたのだと公言しているようなものだ。
自分もさっきから、そういうことしか想像していない。泊まると決まった時に自然とそれと結びついたし、今だって足立に触れられたらどうなるんだろうってことで頭がいっぱいだった。
「俺が、そっちにいこうか」
「……どっちでも」
「じゃあいく」
足立が俺の布団に潜り込んでくるのを待つのは、心臓に悪い。だったら自分から飛び込んでしまおうと考え、そう提案していた。
毛布を剥いで立ち上がと、足立は端に身体を寄せて場所をあけた。
硬い動きでそこに横たわり、互いに向き合う。
顔の前に置いた手に、そっと触れられた。
衣擦れやベッドの軋む音にも敏感に反応してしまい、今にも破裂してしまいそうな心臓が、よりバクバクと音を立てた。
「史緒」
熱を帯びたまなざし。
セミダブルベッドの端にいた足立の体が少しずつ近づいて、気付けば息のかかる距離にいた。
2人の境界線にあった手をやんわりと退けられて、キスをされそうになる直前で、俺は体をくるんと回転させて背中を向けた。
「な、何もしないって、言った」
言ってることと違うと抗議すれば、足立は「さっきは本当にそう思ってた」と悪びれることもなく笑い、寄り添ってきた。
背中から手を回され、隙間なく密着されてしまう。
体温が熱い。
背後から足立の鼓動を感じ取れた。
ドクドクとうるさいくらいに鳴っているのが分かって、余裕そうに見えても、俺と同じで緊張しているのだと思うと、足立が愛おしく、可愛く見えた。
抱き寄せて、足立は俺のうなじにキスをした。そしてぎゅっと、腕に徐々に力を込めて、たまらないといった様子で俺の首筋に顔を埋める。
やっぱり、迷子が親にやっと会えた時のように、存在を確かめるようにきつく抱きとめた。
俺も気持ちに応えるように、足立の腕に静かに抱かれた。
「石鹸のいい匂いがする」
「そうかな。自分ではよく分からないけど」
「こんなの、もう他の誰かに嗅がせたらダメだよ」
「……ん」
雄飛の顔が、頭に浮かぶ。
俺が幸せになればそれでいいのだと、笑って言ってくれた親友を思うと、胸はちょっと痛む。
たぶん足立も、俺の気持ちを汲んでいるからこそ、こうして体をやさしく包み込むだけに留めているのだろう。
雄飛とちゃんと話してから、史緒を自分のものにしたい。
そんな気持ちが背中越しに伝わってくる気がした。
「史緒に会えて良かった」
嘘はない。心の底から信じられる声音だった。
嬉し涙のはずなのに、涙がポロポロと溢れ出て止まらなくなってしまった。
頭が無意識に、その切ない言い方はお別れの挨拶だと勘違いしたのかもしれない。
離れたくない。
やっぱり俺は、この人がいい。
体を反転させ、その宝石のような目と目を合わせた。
「俺も足立と会えて良かった」
目を閉じて、唇を足立の唇にくっつけた。
キスにしてはわずかに触れただけの、軽いもの。
足立は不意をつかれたように俺を見つめてから、顔を落としてキスをする。
触れてはすぐに離して、またすぐに触れる。
3回目、4回目と途中までカウントしていたけど、すぐに追いつかなくなった。
可愛い、大好きだと、足立は小さく繰り返した。
顔に手を添えて髪を梳き、頭をやさしく撫でてくれる。
流れた涙を掬うように唇で食まれて。
子供のようなキスしかしなかったのは、これより先をすると止まらなくなると、互いに分かっていたからだろう。
痺れるように甘い甘い時間を過ごしているうちに、だんだんと頭が白んでいって、気づいたらぬくもりの中で眠りについていた。
暗闇ではじめて、穏やかに眠れたのだった。
目を覚ました時はもう朝方で、変わらず足立は俺を腕の中に抱きしめてくれていた。
長いまつ毛が綺麗だなと見とれてしまう。
起こさぬようにゆっくりと体を反転させると、照明のリモコンが枕の横に転がっているのが見えた。それには【明】と【暗】の文字と矢印ボタンが付いている。
もしやと思ってボタンを押してみたら、やっぱり天井の照明の明るさが調節できた。
……足立って、こういうところあるよなぁ。
照れて自分の耳を触っているうちに、そういえば羞恥でいっぱいになる瞬間はたくさんあったのに、耳を触る癖は出ていなかったのに気付いた。
ずっと、手を繋いでいてくれたからだ。
俺は愛しい人に、もう何度目か分からない触れるだけのキスを落とした。
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